社会保険改革の3つの柱
2018年5月、第12回ベトナム共産党中央委員会(CPVCC)が開催された[1]。主な議題は社会保険改革に関するマスタープラン(Master Plan on Social Insurance Reform: MPSIR)で、第28号決議案が採択された[2]。同決議は社会保障カバレッジを段階的に拡大し、すべての国民が社会保障の恩恵をあずかることを目指している。今回の決議は、中長期にわたる社会保障制度の全体像を明示し、政治的に約束したことに意義がある。ベトナムの社会保険改革の柱は大きく3つあり、11項目の具体案が盛り込まれている。
国民皆年金へ向けた公的年金制度の導入
第一に、国民皆年金へ向けた公的年金制度の導入である。公的年金制度を三層構造へ転換し、すべてのベトナム国民が最低限の年金受給を保障される仕組みを構築する。第一層は、税財源を活用し、社会保険料を支払うことができない低所得者層へのカバレッジ拡大を目的とする。第二層は、社会保険料を財源とする強制加入部分。第三層は民間保険商品を活用した任意加入部分。第一層は日本の国民年金(基礎年金)、第二層は厚生年金に相当し、第三層は確定拠出年金に相当する。社会保障カバレッジの拡大と給付額の増額を可能にする仕組みの導入は、国際労働機関(ILO)の第202号勧告「社会的保護の床(Social Protection Floor)」の原則とも合致する[3]。
インフォーマル経済への適用範囲の拡大
第二に、社会保障制度の適用範囲をインフォーマル経済へ拡大することが盛り込まれた。国際労働機関(ILO)の推計によれば、アジアで暮らす9億人の労働者が不安定な雇用形態(Vulnerable Employment)に甘んじており、ベトナムもこの例外ではない[4]。社会保険制度は伝統的に賃金労働者(企業で働く労働者)を対象として拡大してきた制度であり、東南アジア諸国が直面する巨大なインフォーマル雇用[5]の実態は未知の領域である。ベトナムが課題の本丸へ切り込む意思表示をしたことはASEAN地域の前例としても意義深い。
年金制度の給付条件などに関する調整
第三に、公的年金制度の持続可能な財源確保を実現するためのパラメータの調整が盛り込まれた。調整項目は多岐にわたり、退職年齢の段階的引き上げ、退職年齢の男女平等化、年金受給条件の緩和、保険料率の改定、給付確定率などの関連政策が含まれる。
社会保険改革の政策項目とターゲット
改革三本柱を具現化するための政策として、第28号決議は改革を要する11項目を明示している。上記で説明したことと重なる部分もあるが、より具体的な項目が含まれている。
社会保険改革の11項目
項目 | 内容 |
---|---|
公的年金制度を三層構造へ転換 | 上記参照。 |
保険料納付期間の短縮 | 現行の 20年から15年、10年へ段階的に引き下げる。これによって、保険料を長期間継続して納付することができない低所得者層や雇用の不安定な労働者へカバレッジの拡大が期待できる。 |
制度間連携の促進 | 公的年金制度と他の政策分野(特に失業保険制度と一時金給付制度)との連携を強化する。 |
満足度の向上 | 社会保険制度の加入者の満足度を計測すること(Satisfaction Index)が盛り込まれている。 |
インフォーマル経済への適用範囲の拡大 | 上記参照。 |
脱退一時金の制限 | 年金制度の脱退一時金を制限する。 |
退職年齢の引き上げ | 2021年から段階的に退職年齢を引き上げる(危険な職業に従事する労働者は早期退職の権利を担保)。 |
保険料率の改定 | 保険料収入の安定化のために保険料率の算定基準を再定義する。 |
給付確定率の改定 | 現行制度では年金給付額は加入年数と給付確定率から算出されるが、給付確定率の上昇幅を調整する。 |
社会保険基金の運用政策 | 投資ポートフォリオの多様化を促進する。 |
年金上昇率の改定 | 年金上昇率の算定には賃金上昇率が使われているが、物価上昇率に連動するように算定基準を変更する。 |
社会保障カバレッジ拡大の目標
制度・目標 | 2021年 | 2025年 | 2030年 |
---|---|---|---|
社会保険 | 35% | 45% | 60% |
失業保険 | 28% | 35% | 45% |
公的年金 | 45% | 55% | 60% |
[1] Viet Nam News. 2018. Calls to reform social security policy. May 11.
[2] CPVCC. 2018. Resolution 28-NQ/TW on social insurance policy reform. May 23.
[3] 敦賀一平. 2016. 開発途上国の社会保障の用語と援助潮流.
[4] 敦賀一平. 2018. アジアの雇用労働環境の現状と課題.
[5] 敦賀一平. 2016. インフォーマル雇用の定義と構成.