ベトナムの経済・社会・貧困状況をエクセルで簡単に分析してみた
仕事の関係で、ベトナムの経済・社会状況を勉強する必要が出てきた。そこで、今回はベトナムの貧困分析をやってみようと思う。開発援助に携わる実務家にとっては、一度はやったことがある作業かもしれない。最近では、JICA職員も担当国の経済・社会・貧困状況を分析し、そのうえで援助戦略を立てることとなっている。実際に、私もカンボジア、ケニア、ナイジェリアの貧困分析をやったことがある。ただ、ベトナムは全く未知の国だ。
ベトナムについてはすでに多くのレポートが出ているので、分析後の答え合わせに使いたいと思う。また、貧困指標などの用語の説明は、「貧困の定義と計測方法」で簡単にまとめているので参照いただきたい。
また、私の場合は仕事でベトナムの社会政策に携わるため、ベトナムの経済・社会の状況を把握する必要があった。ただ、旅行でベトナムを訪れる方も多いと思うので、ベトナムの歴史や文化だけでなく、経済状況も簡単に把握しておくとより有意義な旅行になるかもしれない。そういう意味で、今回の記事は開発援助の実務家だけでなく、ベトナム旅行を考えている方にも有益なものとなることを祈っている。
それでは、試合開始。
貧困分析に用いるデータ
今回使うのは世界銀行のホームページからダウンロードすることができる2つのデータベース。1つ目は、PovcalNet。世帯調査まとめデータ(平均)がダウンロードできる。名前から明らかなように、貧困(貧困率・貧困ギャップ、二乗貧困ギャップなど)、消費、不平等に関するデータが含まれている。世界銀行が毎年公表する貧困指標の元データだ。2つ目は、開発途上国の実務に携わる人にはおなじみ、WDIだ。マクロ経済指標を中心にデータがまとめられていて使いやすい。これらのデータをエクセルにまとめ、視覚的にもわかりやすくしたうえで分析してみたい。
※データを触ってみて驚いたのが、「データがきれい」であること。そして、欠けることなく毎年データがある。JICAで勤務していたころは、欠損値だらけのアフリカのデータを扱うことが多かったので、「データがちゃんとある」ことに驚いた。
ベトナム経済は好調
まずは、マクロ経済。ベトナム経済は好調そのものだ。かつては現地通貨(ドン)の不安定さに問題があり、過去十数年間は消費者物価指数(CPI)が大きく上下することが多かった。世界経済の好調を背景に、足元の経済成長は安定感を増している。1990年から2014年までに、一人当たりGDPは3倍以上の水準まで改善した。実に、300ドルから1000ドルまでの飛躍だ。経済成長率も一貫してプラスを維持。マクロ経済環境はさほど悪くないようだ。
ベトナムの貧困指標は改善傾向、不平等は改善せず
ベトナムの貧困率、貧困ギャップ、二乗貧困ギャップは改善
結論から言うと、ベトナムの貧困指標は大幅な改善傾向にある。1992年から2012年にかけて、貧困率(P0)は49.21%から3.23%まで改善した。ここで使っている貧困ラインは1.9ドル。つまり、2012年に一日あたり1.9ドル以下で生活するベトナム人は3.23%しかいないことになる。20年前は全国民の半分が1.9ドル以下の暮らしを営んでいたことを考えれば、類を見ない素晴らしい進捗といえる。
貧困ギャップ(P1)、二乗貧困ギャップ(P2)についても、過去20年間で、ほぼ例外なく改善傾向にある。貧困率だけでなく、貧困ギャップも改善していることから、貧困層全体の経済水準の底上げが達成されたと捉えてよい。また、貧困二乗ギャップも改善していることから、貧困層間の経済的格差も縮小傾向にある。
これらの貧困指標すべてで改善傾向が表れていることから、ベトナムの貧困世帯の経済状況は急速に改善していると考えてよいだろう。
ベトナムの農村の貧困と都市の貧困、農村部に貧困層は集中
次に、地域別に貧困指標を見る。地域別の貧困指標は、国内貧困ライン(ベトナム政府が設定)に基づくデータであり、上記の国際貧困ライン1.9ドルを基準とする貧困指標とは異なる。ただ、改善傾向に変わりはない。
グラフを見ると、ほかの開発途上国と同様、ベトナムでも農村部に貧困層が集中していることがわかる。2012年の貧困率は全国で13.5%。地域別にみると、農村部で18.6%、都市部で3.8%となっている。トレンドは下降傾向にあるが、都市と農村の経済水準が大きいことがポイントだ。特に、人口の多い農村部で高い貧困率が確認されていることも注意しておきたい。
ベトナムのジニ係数、ローレンツ曲線、不平等は変化なし
先ほどのグラフからもわかるように、経済的な不平等はほとんど改善していない。不平等を表すジニ係数(Gini Index)は、1992年の35.65から2012年の38.7へ微増した。その間も、不気味なほどほとんど動きが見られない。つまり、貧困層の経済状況の改善は圧倒的なスピードで実現してきたが、貧困層以外の中間層や富裕層も負けないくらい経済水準を向上させてきたと推測することができる。
参考までにローレンツ曲線も見てみる。世界経済危機後の2010年に、中間層以上で少しだけ不平等が拡大した。2012年には再び1992年の水準に戻っているので、これが定位置なのだろう。過去20年間で、所得階層別に見ても富の配分状況に変わりがないことから推測するに、富裕層から貧困層への所得再配分メカニズムがこの20年でほとんど改善していないのだろう。
ちなみに、ジニ係数の目安は決まったものはないが、個人的には30を一つの基準にしている。30以下になれば不平等はある程度許容でき、30以上になると所得再分配のメカニズムが機能していないと考えるようにしている(大きな政府、小さな政府、宗教、民族、文化的など、各国の状況が異なるので一概には言えない)。一つ言えることは、国家間の比較ではなく、ベトナムだったらベトナムを時系列を追って比較することには意味があると思う。
経済成長パターン分析、成長発生曲線(Growth Incidence Curve)
成長発生曲線(Growth Incidence Curve: GIC)を描いてみると、これまでの分析結果が正しかったかがわかる。GICは、縦軸に消費・所得の年平均成長率、横軸に所得順に世帯を並べたもの。つまり、どの所得階層が最も成長したかがわかる。経済成長パターンが、富裕層に有利なのか、低所得者層に有利なのかが一目瞭然となる。
今回は短期(2010-12)、中期(2002-12、2008-12)、長期(1992-2012)の4つの期間に分けて、低所得者層が恩恵を受けることができたか確認してみる。
総論としては、すべての期間で、すべての階層の人々が経済水準の向上を経験していることがわかる。期間別にみると、直近の数年間の成長が著しいことがわかる。世界経済危機後の2010-12年は例外的に、富裕層で消費水準の低下がみられた。
まとめると、過去20年間一貫して、すべての階層でほぼ等しく経済水準の向上が見られた。一方で、階層間の成長率に差がないことから、格差是正は見込めなかったとわかる。
ベトナムの経済構造と雇用・産業の変化
貧困や不平等の総論はわかった。ここからは、貧困層が何で「飯を食っている」のかをもう少し検証したい。1996年から2013年までに、産業構造が徐々に変わってきた。かつては、労働者の70%が農業従事者だったが、直近のデータでは、50%以下となっている。一方、サービス産業は20%あったシェアを30%程度まで伸ばしている。開発経済学のセオリー通りの発展を遂げているとおり、一次産業が衰退し、二次、三次産業へ移行する時期にあるのかもしれない。
GDPへの貢献度を産業別にみると、農業が縮小傾向、サービス・工業で拡大傾向と読める。産業別の経済成長率を見ると、各産業ともプラスの成長を遂げており、優等生といった印象を受ける。強いて書くのであれば、低所得者層の多くが生計を立てている農業セクターの伸びが弱く、絶対的貧困の削減は可能だが、インクルーシブ開発を達成するための経済構造転換や不平等・格差是正については効果があまり見られない。
まとめ
ベトナムは過去20年間で目覚ましい経済成長を遂げた。産業別の成長率を見ても、低所得者層が多いセクターも十分成長しており、絶対的貧困の削減に大きく貢献しているように見える。
一方、所得階層間の格差是正については、マクロ・ミクロ経済指標ともに構造的な変化は見られず、所得再配分メカニズムの機能強化が大切となるかもしれない。
実際に手を動かしてデータからグラフを作る過程で、学ぶことはとても多い。たしかに、既存のレポートや論文を読むことで、こうした煩雑なプロセスを飛ばすことは可能だが、自分で一からデータを扱うことで理解も深まる。
今回は、社会政策に関するデータ(社会保障、ガバナンス、公共財政支出、人間開発など)に関する分析は行わなかった。また別の機会に、これらのトピックで分析を行ってみたい。乞うご期待。
- PovcalNet
- World Development Indicators
- 開発途上国の貧困の定義と計測方法のまとめ(2016年5月3日掲載)