米、口封じの世界ルールを再導入
2017年1月、米国のトランプ大統領は就任から間もなく、メキシコシティ政策を再導入する大統領令に署名した。
メキシコシティ政策は通称「グローバル・ギャグ・ルール(口封じの世界ルール)」とも呼ばれ、米国の資金援助を受ける海外のNGOに対し、自己資金であっても、人工妊娠中絶に関する情報やサービスを提供したり、中絶について議論したり、安全でない中絶を批判するなど、人工妊娠中絶に関連した問題に取り組むことを禁じる政策である。政策が発表された1984年の国際人口会議がメキシコシティで開かれていたことから、この名がついた。また、「口封じ」とは、米政府の示した「ルール」に従わない限り、米政府から家族計画などに対する資金を一切受けられなくなるということを示す。
メキシコシティ政策は当時のレーガン大統領が導入した。その後、1993年のクリントン政権で廃止され、2001年のブッシュ政権で復活し、2009年のオバマ政権で再度廃止されるという、プロライフ(胎児の生きる権利を尊重する)が主流の共和党と、プロチョイス(妊婦が人工中絶を選択する権利を尊重する)が主流の民主党による、いたちごっこが続いてきた。過去に政策が導入された時は、プロライフ派の狙いとは逆に、中絶件数は減らず、むしろ家族計画へのアクセスの激減による意図しない妊娠と安全でない中絶が増えた。援助打ち切りは世界のNGOを直撃し、たとえば2001年には、国際家族計画連盟(IPPF)加盟協会であるIPPFケニア(FHOK)が6つのクリニックの閉鎖に追い込まれ、貧困層への家族計画の指導やHIVを含む性感染症の検査、母子保健活動などが打ち切られた。今回の再導入にあたっても、すでに、IPPFケニアはキベラスラムでの活動の休止に追い込まれている。
WHOなどによると、世界では今も1日830人の妊産婦が妊娠・出産時の合併症などで死亡している。その99%以上が開発途上国の女性である。また、830人のうちの13%は安全でない中絶による死亡とされている。メキシコシティ政策の再導入、さらに国連人口基金(UNFPA)への資金拠出停止は、女性のセクシュアル・リプロダクティブヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)を大きく後退させる危険性がある。
米シンクタンクのグッドマッハー研究所によると、2016年、米政府は世界の家族計画やリプロダクティブヘルスの推進のため、UNFPAやIPPFなど国連・国際機関、国際NGOなどを対象に、約6億ドルを援助した。この金額で、2700万人の女性やカップルが避妊サービスを受けることができる計算である。しかし、メキシコシティ政策の再導入によってストップする米政府の拠出額は6億ドル以上になるとの予測もある。
オランダなど世界中が対抗策
しかし、米政府の動きを受け、各国政府も対応を始めた。オランダ政府はShe Decides[1]という基金を創設し、1000万ユーロの拠出を約束した。基金の正式な立ち上げとして、3月2日にはオランダ、ベルギー、スウェーデン、デンマーク政府の共同主催で、日本を含む40カ国以上が参加する国際会議がブリュッセルで開かれた。この基金は個人からの寄付も募っている。集まった資金は国連/国際機関、NGOに分配される。
カナダ政府は3月8日の「国際女性デー」にセクシュアル・リプロダクティブヘルス/ライツに対して追加の6億5000万ドルの支援を表明した。日本政府も3月28日、米政策への明言は避けながら、UNFPAとIPPFへの拠出を記者発表した[2]。
しかし、これらは米国から打ち切りを見込まれる資金を補うには足りない。世界の市民社会も動き、421団体がメキシコシティ政策の反対文書に名を連ね、日本でもジョイセフ、日本家族計画協会などが反対声明を個別に発表した。
トランプ政権に対しては、ウィメンズ・マーチなどの反対運動も各地で起こっている。世界中の女性や男性が連帯し、女性の健康と権利のために立ち上がっている。
[1] She Decides. ホームページ.
[2] 外務省. 2017. 国連人口基金及び国際家族計画連盟に対する拠出.