国土交通省における6年余の行政経験をもとに、米国サンフランシスコに拠点を構えるアジア財団(The Asia Foundation)のインターンとして政策調査を行った。その成果が、東ティモールの航空・空港インフラの現状と今後の政策提言をまとめたレポート「Taking Flight: Analysis of Timor-Leste Civil Aviation and Recommendations[1]」である。
「インフラ開発」、「国土交通省」といった単語からよく想像される技術的なイメージとは異なり、私は法学部出身、事務系職種という純粋な文系であり、その観点から途上国の開発現場を見た時に得た知見は、あまり類例の無いニッチなものである。その一方で、「文系」、「事務系」、「内政屋」といったこれまで(少なくとも日本においては)途上国開発とほぼ無縁であった人々が開発支援の現場に積極的に参画していく必要性を強く示唆するものになったということもあり、この場で拙稿と調査時のエピソードを紹介したいと思う[2]。
東ティモールの経済・社会開発の基礎を担う交通インフラ
開発援助におけるインフラ整備は、経済・社会開発の基盤をなすものとして重視されている一方、様々な制約(資金・技術等)によって途上国開発の大きな「ボトルネック」ともなっている。
インドネシアから独立して約十五年。東ティモールでは交通インフラの必要性は極めて高い。枯渇を囁かれる石油。慢性的な国際市況の低価格に苦しむコーヒー。モノカルチャー経済脱却のための産業多角化は国家経済にとって急務である。インドネシア領西ティモールの中にある飛び地「オエクシ」の存在や、狭いながらも山がちで移動し難い地勢から、国家・国民の統合のためにも、首都と各地を繋ぐ交通・輸送手段の拡充に対する社会的ニーズも大きい。
現地入り後、「航空・空港インフラを中心に調べてくれ」と依頼された時、漠然と予想したのは、「その貧弱なハードをどういう方向でアップグレードするのか」という筋立てだった。現地政府も国際機関やNGOもそのような方向性で(おおまかとはいえ)戦略を練り、提言を行っていた。
空港は住民が往来するただの草地
その予想通り、現地調査を始めると、航空・空港インフラのハード面での有様はまさに惨憺たるものだった。短く幅の狭い滑走路は中距離機より大型の航空機は発着できず、ターミナルの待合スペースは出発・到着便の前後には必ず大混雑していた。それに加え、空港灯火は壊れたまま補修されず、滑走路端のフェンスは開けっ放し。地域住民が平気で往来する。それがこの国最大にして唯一の首都空港である。
地方空港に至っては、もはや空港の体を成していない。空港職員などというものはほぼ存在せず、機体の出発前に航空事業者自らが到着空港の周辺住人に電話をして天候を確認し、滑走路からの人や獣の追い出しを依頼する。滑走路は草を刈っただけで、平時は近隣住民が往来するただの草地でしかない。
ちぐはぐな航空インフラ政策
現地航空当局や事業者へのインタビューを通じ、もう一つの「ボトルネック」が浮かび上がってきた。表面的な航空法は存在するが中身がまるで定まっていないため、東ティモール籍の航空事業者が存在しない。東ティモール独自の航空会社設立の動きは民間でいくつも試みられているものの、政府は全く支援せず、独自に公営企業の設立を試みている。
実際、国内で航空サービスを提供している事業者は海外で登録しているため、東ティモールの規制下にはない。これによって、東ティモールには不合理な海外法の規制が適用されることとなり、費用の高騰を招いている。二国間交渉で定められる国際的な航空輸送の取り決めについても政府は公開しておらず、民間事業者は手探りの経営を迫られている。
石油を原資とするインフラ整備基金が存在するにも関わらず、数年にわたって空港インフラ改修には一銭も支出されていない。その弥縫策として、政府当局は空港独立採算化と空港利用料の値上げをほぼ既定路線としている。航空事業者はぎりぎりの収支ラインにあって撤退を検討するところもある中で、である 。
産業振興行政と一体となったインフラ政策のための国家能力開発の必要性と可能性[3]
国際機関やNGOが盛んに提言している官民連携(PPP)による空港の改修と独立採算化や、政府が主唱する滑走路の増強による長距離便の就航といった施策は、一見すると東ティモールの貧弱なインフラの現状に合致しているように見える。一方で、この国の社会的ニーズ、産業多角化に向けた経済戦略、そしてそれらを実行する上で必要な国力に見合ったものかを考えると疑問が残る。
調査の中で思い当たったのは、現地航空当局のスタッフはもちろん、国際開発機関から派遣されてきた外国人顧問達も、諸々の提言をしているNGOにも、「航空行政」の実際の経験があるものが実は誰もいない、ということである。管制官や安全検査官のような技術的な指導はされている。しかし、エアラインやチャーター事業者、グラウンドハンドリングその他空港業務を担う関連業者も含め、「航空関連業界」という産業を育成し、同時に航空インフラを利用する他の産業(特に観光業)における発展戦略も見据えて、あるべきインフラの、あるいは業界規制・補助の絵を描く、という主体が事実上存在しないのだ。そして、その不在を誰も問題視していない。国内政策の連携不足もさりながら、近年航空業界で凄まじい勢いで躍進している格安航空会社(LCC)がどういう戦略に基づいているのか、グローバルなハブ空港競争がどのように進展しているのか、といった業界内の常識について語る度に、交通担当副大臣、交通政策担当局長から、開発NGOの政策コンサルタントまで、皆初めて聞いた話だという顔をする。
国内において、業界と連携して情報やニーズを収集し、法令を運用し、海外のカウンターパートと交渉し、他の政府諸官庁や政治家と調整し…という極めてドメスティックに思えた実務経験が、日本を遠く離れた東ティモールの開発援助の現場において切実に求められていた、というのを知った時には大いに驚いた一方で、「内政屋」としての思わぬ可能性を見つけて興味深くもあった。
開発援助の現場で求められるのは多様でかつ意外なもの
開発援助の現場において求められているものは、技術的な知見や金融やビジネスのようなわかりやすいノウハウだけでなく、予想以上に多様でかつ意外なものであると思う。その意味でも、日本国内で活躍する様々な専門家に対し、開発援助の現場のニーズを吟味させ、現在の開発援助政策におけるギャップを国内専門家の手で解決できるニッチを見つけ出す仕組みづくりができれば、より効果的で持続的な開発援助に繋がるのではないだろうか。「開発援助などというのは、自分には関係ない世界だ」と思い込んでいる人材にその意外な価値を気付かせる。資金援助や技術支援以外の新たな開発援助のかたちづくりとして、東ティモールにおける本調査・提言がその一助になれば幸いである。
[1] Tatsuo Sakai. 2017. Taking Flight: Analysis of Timor-Leste Civil Aviation and Recommendations. The Asian Foundation.
[2] 本レポートはアジア財団東ティモール事務所の指導・支援の下、米国タフツ大学フレッチャースクールの修士課程に在籍中だった私が2016年夏に行った現地調査の結果をまとめたものである。交通担当副大臣を含む東ティモール政府関係者、現地関係事業者及び開発援助関係者に対し発表・説明したものを元に執筆し、その後同NGOによる校正を加え、若干の近況を更新した後、2017年5月にオンライン上で公開されたものである。本レポートの作成にあたっては、国土交通省職員としてこれまで得た知見・経験を活かしたものであり、また、同省からの派遣として米国留学を行っている際の執筆ではあるが、その内容において意見表明ととり得る部分はすべて日本国政府・国土交通省・旧・現所属部局のいずれにも関係のない一個人としてのものであることに留意されたい。
[3] 国家能力開発は、「State Capacity Building」の和訳。