前回の記事に続き、ブルッキングス研究所と国際協力機構(JICA)が行ったアラブの春に関するパネルディスカッションを振り返りたい。
プロジェクトリーダーを務めたハフェズ・ガネム世銀副総裁は、「中東情勢の議論が政治問題に終始し、経済的観点から分析・議論が行われることは少なかった」と語った。こうした背景を踏まえれば、今回の書籍が経済分析に重きを置いたことは、画期的な取り組みであり、大きな付加価値を生んだといえる。ここではガネム氏の分析をもとに、要点をまとめる。
経済成長が順調でも人々の不満が爆発した理由とは?
ガネム氏によれば、経済成長の恩恵を多くの人が受け取っていなかったことが大きな理由のようだ。
アラブの春以前、中東・北アフリカ諸国の経済成長は順調だった。過去20年間で経済は順調に右肩上がり。しかし、他の地域に比べて、人々の日常生活に対する満足度はとても低い傾向にあった。汚職やガバナンスの問題が影響したと考えることもできる。しかし、直接の原因はただ一つの問いに集約できるだろう。
「経済成長で誰が得をしたのか?」
チュニジアのケースを考えてみよう。国民の満足度を調べた調査結果がある。「不満」と答えた人の大多数が、「経済成長が不十分」という理由をあげた。なぜだろうか。チュニジア経済は順風満帆だったはず。
ガネム氏の仮説は、「多くの人々が経済成長の恩恵を受けていなかったため」というもの。つまり、経済成長は順調だったが、インクルーシブ成長ではなかったというわけだ。
経済成長の恩恵を受けていなかったのは誰?
では、誰が成長の恩恵を受けなかったのだろうか。チュニジアのケースでは、若年層、女性、小規模農家だ。
若年層の失業問題はどうだろうか。チュニジアの場合は、他の地域と比べても低水準だったが、若年女性の失業率は高かった。また、若年男性についても、雇用されていたが、不安定なインフォーマルセクターでの雇用が多くを占めていた。
貧困指標からも富の分配に差がある状況が伺える。アラブ諸国の貧困率を地域別にみてみると、農村部の数値が都市部よりもはるかに高い。
中東地域での開発アプローチのあり方
国際社会は、中東地域での開発協力をどのように考えるべきだろうか。まず、長期的視点でインクルーシブ成長と社会正義を考え、中東地域の安定に貢献することを忘れてはならない。紛争問題や秩序回復は、経済的な視点なしには達成できない課題だ。
また、パネリストからは、「実施(Implementation)」が次の課題となるという声が上がった。制度や政策づくりで方針が明確になることは結構なことだが、実施機関がついてこなければ何も実現しない。地に足の着いた事業展開を実現するための組織づくり、能力強化が不可欠となるだろう。
さらに、農村開発と不平等の問題を本書が指摘している点も重要なポイントだ。右肩上がりのマクロ経済指標のみに注目すると、順風満帆と勘違いしてしまう。遅れがちな農村開発や、成長によって悪化してしまった不平等の問題へ目を向けることこそが、アラブの春の不満が爆発した原因と向き合うこととなる。
今回の研究プロジェクトのメッセージは、政治や安全保障の観点からのみ中東情勢を分析することは不十分であり、経済のダイナミックスや要因を分析し、抜本的な公共セクター改革を通じて長期的に達成する必要があることを示しているのかもしれない。