ノーベル賞が盛り上がっている。伝統的に日本は理系分野に強く、社会科学分野での受賞は少ない。特に経済学賞に至っては日本人は未だかつて受賞したことがない。先月、ジョセフ・スティグリッツ教授(コロンビア大学)が一冊の新書を世に送り出した。タイトルは、「アフリカの産業政策と経済構造転換(Industrial Policy and Economic Transformation in Africa)」。2001年のノーベル経済学賞受賞以来、スティグリッツ教授は一貫して政府の役割の重要性を説いてきた。「小さな政府」を掲げる新自由主義(ネオ・リベラリズム)に真っ向から反対し、開発途上国の経済をボロボロにしたワシントン・コンセンサスに疑問を投げかけてきた。
私がスティグリッツ教授と初めて出会ったのは、2012年11月。JICA研究所と政策対話イニシアティブの共同研究者会合の場だった。あれから3年が経過し、今回の書籍がようやく完成したことは感慨深い。
スティグリッツ教授以外の共同研究者も、各分野の第一人者ばかり。ベストセラー作家が一堂に会した、まさにオールスターゲームのようだった。それにもかかわらず、論文の執筆には加わらなかった私でさえ自由にコメントできる空間がそこにはあり、完成した書籍の謝辞の欄に僭越ながら登場させてもらった。内容もさることながら私にとって印象的な一冊となった。
思い出話はこのあたりでやめる。その代わりに書籍の内容を少し紹介したい。アフリカの開発援助にかかわるすべての人に読んで欲しい一冊だ。
アフリカの産業政策と経済構造転換をどのように実現するか?
サブサハラアフリカは1970年代後半から、「失われた25年」と呼ぶべき経済の低迷に直面した。スティグリッツ教授はこの原因をワシントン・コンセンサスに基づく経済改革の失敗にあると分析する。経済活動を市場経済に任せて政府は極力介入しない「小さな政府」。国営企業の民営化を通じて市場経済を促進する「規制緩和」。これらがアフリカ経済の低迷を招いたという立場だ。
でこそようやく年率5%を超える経済成長を達成しているものの、資源価格の高騰によるところが大きく、経済構造の根本的な転換は進んでいない。そのため、アフリカ全体で見れば一部の資源国が経済成長を牽引している状況であり、産業空洞化の解決の糸口は見えない。
この状況を踏まえ、本書は「ルワンダとエチオピアのケースから、アフリカ諸国は学ぶことができる」と主張している。資源のない(資源に頼らない)経済構造を模索し、産業の良いサイクルを生みだしている国だ。ルワンダは情報通信(IT)を自国産業と位置付け、学校教育で使用する言語を仏語から英語へ変更してまで、ITに強い人材育成を試みている。海運に恵まれない開発に不向きとされる陸の孤島が、アフリカの中心で一際輝きを放っている。また、エチオピア政府も産業政策に力を入れ、日本の教訓(カイゼン等)を積極的に取り入れるなど経済構造転換を図っている。
スティグリッツ教授は次のように語る。「経済成長を持続するためには、経済構造転換が不可欠。そのためには、政策立案者はワシントン・コンセンサスに対するイメージを払拭しなければならない。ワシントン・コンセンサスは教育の役割を過小評価し、改革の速度・優先順位・実施能力を軽視した。その一方で、市場経済の拡張と効率化を急速に推し進めることばかりに注力した。その結果が、失われた25年だ。」
経済成長に役立たずだったワシントン・コンセンサス
本書はこうした論調で始まり、農業、産業、財政、社会資本、ガバナンスなど、様々な視点から分析を試みている。特に最終章は面白い。ジュリア・ケイジ助教授(パリ政治学院)の「政策パフォーマンスの計測-世界銀行よりましな手法はあるか?」だ。
世界銀行が取り入れている国別政策・制度評価(Country Policy and Institutional Assessment: CPIA)は、ガバナンスの評価指標として世界中で最も影響力のあるデータだ。しかし、ケイジ助教授は、「CPIAは将来の経済成長を予測するための指標として不適切であり、政府の役割と能力にもっと重きを置いた指標とすべき」と分析する。世界銀行の政策評価はデタラメだったというわけだ。
この分析は本書の多くの見解をサポートするものである。ワシントン・コンセンサスに習った政策は経済成長・開発・経済構造転換を促進しないということだ。