ブルーバードタクシーはジャカルタで最も信頼され、最も有名な最大手のタクシー会社だ。何百万台と走るブルーバードタクシーを避けることはできず、ジャカルタを訪れた外国人は必ず一度はブルーバードに乗るはずだ。国際機関や現地事務所としてジャカルタに駐在している私たちの間でもブルーバードは日常的な乗り物になっていて、街中を少し移動する時は必ずタクシーに乗る。
しかし、意外にも私たちはブルーバードタクシーの運転手がどういう契約でブルーバードのタクシーを運転しているのかということを知らない。そこで、私は英語を話すことができるドライバーと出会った時には雇用環境などを聞くことにしている。今日の会合の帰りに乗ったタクシーの運転手は2017年からブルーバードのタクシーを運転し始め、今年で7年目、51歳だという。専業主婦の妻と1人の娘、それから3人の息子を持つ、お父さんの顔も持っている。聞くところによると、56歳の誕生日を迎える時点でブルーバードタクシーとの契約が切れるとのことだった。
ブルーバードの運転手はパートナーシップ契約を結んでいて、従業員としての扱いではない。もちろん事務方の作業をしているスタッフは従業員としての職員契約のようだが、タクシー運転手はあくまでも個人事業主の扱いだそうだ。社会保険の加入状況を聞いてみると、ブルーバードは使用者としての義務は当然果たしていない。つまり、従業員であれば労災保険(JKK)、死亡保険(JKm)、確定拠出年金(JHT)、厚生年金(JP)、雇用保険(JKP)、健康保険(JKN)からなる6つの社会保険制度に対して保険料を払わなければならない。この保険料負担義務が課されていないわけだ。
今回であった運転手に関しては、健康保険を個人事業主として自分で加入しているほか、ブルーバードが経営する自社のクリニックを無料で使うことができる制度がパートナー運転手にはあるらしい。また、8年勤めると退職金を支払う制度もあり、それがブルーバードで長く働くための大きなインセンティブになっているようだ。毎年のラマダン明けの休暇前に支払われる1ヶ月分の給料相当のボーナスも支払われるらしい。グラブタクシーやGoJek(ゴーカー)などのオンラインプラットフォームを使った配車サービスでは、このインセンティブを提供していない。
法制度の関係で言えば、委託先に退職金を支払う義務はブルーバードにはないはずなので、企業努力でこのインセンティブに関してはまかなわれているのだろう。もちろん運転手から徴収する乗車賃から差し引いて積み立ててはいるのだろう。
契約が切れる56歳というのは、インドネシアの商社会における実質的な定年退職年齢であり、職員契約の人たちは人事規定に基づいて退職させられることが多い。この定年制度は法令で決まっているわけではないので、会社が決めれば年齢で首切りすることが可能となっている。パートナードライバーに関しても、56歳以上は判断力の低下から運転技術も下がるとの説明で、ブルーバードタクシーを運転することが規定で認められていないそうだ。
失業した後はどうするのかと聞いたところ、グラブタクシーやGoJekなどの配車サービスを使って自分の車を運転しながらタクシー業を続けるそうだ。これらのプラットフォームはブルーバードよりも手数料を低く設定しているようで、手取りは多くなるそうだ。しかし、退職金やボーナス、クリニックの無料利用など、ブルーバードが企業努力で行っている部分に関しては提供されていない。つまり、今回話した運転手の感覚では、長くブルーバードタクシーを運転している方が、現役のうちはメリットが多く、退職したらプラットフォームタクシーを運転すればいいといった感覚のようだ。
ちなみにブルーバードタクシーの運転手が負担しなければならないのは燃料代だそうだ。車はブルーバードタクシーから提供されているようで、自宅には自分の車もあるようである。
私の仕事との関係では、実質的に従業員の職務形態なのであれば明確に大企業としての社会保険や労働法上の義務をタクシー会社は果たすべきだと考える。一方、個人事業主であっても、社会保障制度で十分に保護されるべきである。これに関して言えば、現行法では個人事業主は、雇用保険や年金制度へ加入する権利がない。雇用保険制度の適用はともかく、急速な高齢化を鑑みれば、年金制度へ加入する権利と義務を早々に整備する必要がある。