フィリピン

フィリピンにおけるユニバーサル・ヘルス・カバレッジと保健所

Photograph: DFAT
Photograph: DFAT

貧困が存在するのは農村部だけではない

フィリピンの首都マニラには、回避可能な疾病から身を守る術をもたない都市貧困層が存在しており、都市内部において健康格差が存在する。彼らは収入のほとんどを食費に費やしており、保健・医療にあてる費用はほとんどない。

私はゼミのメンバーと共に、マニラで都市貧困層の保健医療事情について約2週間の現地調査を9月に実行した。私たちは、都市貧困層にとって、比較的安価で基礎的な保健医療サービスを受けられる、身近な施設の存在は大きいと考えた。フィリピンにおいて、そのような存在に当たるのは保健所である。

保健所とは、フィリピンの公的医療施設だ。驚くべきことに、保健所では、第一次医療(Primary care)が保険に加入していなくとも、無料で享受できるのだ。

ここでは予防接種、結核治療、乳幼児検診、薬の提供等の第一次医療が無料で提供されており、マニラ首都圏には約513か所存在する(2013年時点)。月曜日から金曜日に運営されており、各保健所には最低で医者1人、助産師1人、歯科医1人、看護師2人、バランガイヘルスワーカーと呼ばれる保健ボランティア1名が勤務している。1つの保健所は約10のバランガイをカバーしている。バランガイとは、フィリピンにおける都市の最小の単位のことであり、日本でいう村と考えてよい。

この保健所が提供する基礎的な保健医療サービスがユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に寄与すると考えた。既にご存知の方もいるであろうが、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジとは、「すべての人々が、必要とする質の高い保健医療サービスを、支払の際に経済的な困難に苦しめられることなく確保している状態」を指す(WHO)。

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以上より、「保健所はユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に寄与する基礎的な保健医療サービスを都市貧困層に対して提供できている。」という仮説を設定し、現地調査を行った。

 

保健所が都市貧困層に対して果たす役割

保健所がユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に寄与する基礎的な保健医療サービスを都市貧困層に対して提供できているかどうかを分析するための指標として、4A(Availability, Accessibility, Affordability, Acceptability)の視点を用いた。

  • Availabilityとは、サービスの存在の視点である。
  • Accessibilityとは、場所や距離の視点である。
  • Affordabilityとは、おカネの視点である。
  • Acceptabilityとは、気持ちの視点である。

この4Aの視点に基づいたクエスチョネアを作成し、保健所の利用者と医療従事者へインタビュー調査を行った。得られた調査結果は以下の通りだ(ある一つの保健所の事例)。

Availability: 保健所では一通りの基礎的な医療設備が整備されていたが、その質については一概に全てが良好とはいえない。

Accessibility: 60%以上の人が徒歩で30分以内に保健所へ行くことができるという回答が得られたが、子連れにとってこれは容易ではない。加えて、居住しているバランガイにある保健所しか利用できないため、この点にも問題があると考えられる。

Affordability: 第一次医療においては診療代や薬代は基本的に無料であるが、利用者が保険に加入しているかどうかで第二次医療以降の診療代や薬代は変化するため、保険に加入していない貧困層は高額な医療費がかかってしまうと考えられる。また、実際に保障範囲外の薬や保健所で支給されていない薬については高額な医療費が発生する可能性がある。

Acceptability: 1日の利用者が非常に多いために、待ち時間が長いと回答している利用者が多くいたが、多くの利用者がかかりつけ医として保健所を利用し、施設のサービスについて良好と感じていると回答した。

以上のように、保健所は基礎的な保健医療サービスを都市貧困層に対して基本的に無料で提供できてはいるが、様々な課題があることも判明した。

 

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に向けた課題

現地調査の終盤に、マニラ市の保健分野を管轄するCity Health Officeのトップの方とお話をさせていただく機会があった。そこで、彼に保健所の課題について尋ねてみた。

保健所の数は非常に多い。それゆえに、利用者は移動コストも抑えることができている。今後の課題は、保健所の数ではなく、質にあると言っていた。

また、薬代は基本的には無料であるが、保健所に置いてない薬や薬が不足した場合は、利用者の自己負担になることもあるという。

話の中で、彼が繰り返し言っていた言葉が印象深かった。

「途上国において、何事も十分ということはない。それゆえに、我々は限られた資源の中でやりくりをしていくしかない。」

フィリピンでは、2016年から2022年にかけて実施予定のPhilippine Health Agendaが9月に完成した。この政策にもユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現が盛り込まれており、フィリピンでは国を挙げてユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に取り組んでいる。

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