ミャンマー

ミャンマーの社会保障-制度改革の現状と今後の展望

Photograph: Ippei Tsuruga

ミャンマーは民政移管後、国際社会の支援を受けて社会保障制度改革を開始した。ここでは、ミャンマーの社会保障制度改革のプロセスを振り返り、政府による取り組みの現状と今後についてまとめてみたい。なお、個別の社会保障プログラムについては深入りせず、あくまで社会保障制度改革の大きな流れを把握することを目的としたい。

国家社会保障会合(National Social Protection Conference)

ミャンマーにおける社会保障改革の議論は、2012年に開催された政府会合で幕を開けた。社会福祉・救済再復興省(MSWRR)と労働・雇用・社会保障省が主催した「社会保障に関する会合(Conference on Social Protection: A Call to Action)」である。テイン・セイン大統領が開会宣言を行った同会合は、ミャンマー政府が社会保障改革に取り組むターニングポイントとなった。

同会合では貧困削減に取り組む上で社会保障が果たす役割は極めて重要であることと、「社会保障に関するハイレベル委員会(High Level Committee on Social Protection)」の設立を通じ、技術的な議論を深めることの必要性が確認された。

社会保障に関する国民対話(ABND)

Photograph: Ippei Tsuruga

社会保障改革に関するより具体的な議論がされ始めたのは2013年である。2013~2015年にかけて実施された「社会保障に関する国民対話(Assessment Based national Dialogue: ABND)」は、国際労働機関(ILO)の支援を受けて始まった制度改革プロセス。ミャンマー政府関連省庁を筆頭に、社会保障関連事業に関係する全ての団体・機関が集まり、どのように制度改革すべきか参加型の議論が行われた。

政府側は、MSWRR、労働・雇用・社会保障省、保健省、財務省、国家計画・経済開発省、畜水産地方開発省。労働者側と使用者側の代表。開発援助機関からは、ILO、IOM、UNAIDS、UNFPA、UNDP、UNICEF、UNOPS、WHO、WFP、JICA、World Bank。これに加え、複数のNGOや研究機関もプロセスに参加した。

ABNDプロセスの主な目的は3つあった。まず、社会保障システム構築に関するマスタープランである国家社会保障戦略計画(National Social Protection Strategic Plan: NSPSP)、農村開発戦略枠組み(Rural Development Strategic Framework)、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)に対するインプット。次に、国民全員が最低限の社会保障でカバーされるシステム(社会保障の床(Social Protection Floor: SPF))を維持するための費用計算。そして、社会保障プログラムの運営に携わっている省庁および援助機関の対話と調整。

国家社会保障戦略計画(NSPSP)の策定

Photograph: Ippei Tsuruga

ABNDプロセスを通じて、ミャンマーの社会保障政策を担う関係者が対話する機械が得られた。その最終成果は国家社会保障戦略計画(NSPSP)策定という形で表れることとなる。

第一回会合(2014年3月23~25日)

現存する社会保障プログラム、カバレッジギャップ(現行制度でカバーされていない人々)、プログラム実施に係る課題などの洗い出しを行った。

第二回会合(2014年6月18~20日)

カバレッジギャップを埋めるための現実的な政策オプションとそのために必要なコスト計算が議論された。当時の見積もりによれば、SPFを実現するためのコストは対GDP比で2.2~7.2%。これは、2024年までに想定される社会保障プログラムが施行されることを前提としている。これが実現すれば13%の貧困削減が期待できるという試算だ。

ミャンマー政府がNSPSPを承認(2014年12月)

2014年9月、ABNDの最終報告書がミャンマー政府に提出され、NSPSPへのインプットと位置付けられた。その結果、ABNDプロセスで提言された8つのフラッグシッププログラムがNSPSPに含まれることとなった。同年12月、報告書は社会福祉・救済再復興省が中心となってミャンマー政府に承認され、2015年5月に公開された。

社会保障の4つの機能

Photograph: Ippei Tsuruga

2014年12月に承認されたNSPSPには4つの柱がある。これらは開発途上国で策定される国家社会保障戦略(政策)と類似しており、オーソドックスなものとなっている。英国開発学研究所(IDS)が提唱した「変革的社会保障(Transformative Social Protection)」という概念枠組みに強い影響を受けたためと考えられる。

保護(Protective)

既に貧困状態にある世帯(貧困層)、貧困に陥るリスクに直面している世帯(脆弱層)の保護。つまり、社会保障給付を通じて、既に経済的・社会的に厳しい状況にある人々を保護することを念頭に置いた柱である。このカテゴリに含まれる社会保障政策としては、社会サービス、社会扶助、社会保険、公共事業による雇用創出プログラムなどが想定される。

予防(Preventive)

災害時などの外的ショックによって貧困に陥るリスクを低減(Prevention)し、被害規模を緩和(Mitigation)すること。所得補償、収入源の多様化、雇用機会、健康増進などがこのカテゴリに含まれる。

促進(Promotive)

人的資本・適応能力の強化が含まれる。世帯が教育や保健などの人的資本へ投資することを促進し、結果として、世帯の生産性向上に資するプログラムがこのカテゴリで想定されている。

転換(Transformative)

これら3つの柱を合わせて実施することによって生まれる好循環が、社会・経済全体を良い方向へ転換する。つまり、貧困層は社会保障の保護を受けて人的資本に投資できるようになり、いずれは自立して生産活動へ貢献できるようになる。また、不測の事態が生じた場合でも、社会保障によって家計への被害は最小限に食い止められることから、貧困状態へ再び舞い戻ることはない。

脆弱層の定義(Vulnerable Groups)

NSPSPは5つのグループを特に貧困リスクに脆弱な人々と定義し、社会保障を最も必要としている人々と認識している。したがって、ミャンマーの社会保障システムが優先的にカバレッジを拡大していく人々は以下の5つのグループと考えられる。

  • 孤児
  • 特別な支援を必要とする女性
  • 子供、障害者、老人
  • 被災地に居住する人
  • 慢性疾患を抱える人

社会保障システムの実施体制の強化

Photograph: Ippei Tsuruga

NSPSPに従えば、MSWRRの傘下で社会保障システムが統合的に運用されることとなる。具体的には、MSWRRの傘下に「統合社会保障サービス(Integrated Social Protection Services: ISPS)」システムが創設される。

ISPSの実施体制として、拠点整備とソーシャルワーカーの配置が今後行われることとなる。2015年から5年間で毎年20%ずつ拡大することとなっており、年平均で66タウンシップ、1,200人のソーシャルワーカーが新たに雇用されることとなる。最終的にはタウンシップレベルに330の社会保障センター(Social Protection Centre)を開所し、ソーシャル・ワーカーを6,000人以上雇用・訓練し、村、コミュニティレベルに配置する計画。

ISPSの役割は、支援を必要とする人々を見つけること、利用可能な社会(保障)サービスに関する情報提供、相談窓口(カウンセリング)、サービスの提供状況のモニタリングと報告など。拠点とフォーカルポイントをコミュニティレベルまで張り巡らすことで、社会保障システムへのアクセスを高める狙いがある。

8つの社会保障フラッグシッププログラム

ミャンマーのNSPSPでは、8つの社会保障プログラムがフラッグシッププログラムとして明記されている。以下の数字は2024年にフルスケールで施行されることを想定したもの。

出産・育児給付(Allowance for Pregnant Women and Children to Age 2)

受益者:225万人(2024年)

コスト:0.32%(対GDP比、2024年)

障害者給付(Allowance for Those with Disabilities)

受益者:26.6万人(子供)、73.3万人(大人)(2024年)

コスト:対GDP比0.35%(対GDP比、2024年)

児童給付・子ども手当(Gradual Extension of Child Allowance by Age)

受益者:1,000万人(子供)(2024年)

コスト:対GDP比0.98%(対GDP比、2024年)

学校給食(School Feeding Programme)

1,100万人(子供)(2024年)

コスト:0.55%(対GDP比、2024年)

雇用創出事業(Public Employment Programmes, VET)

詳細記載なし

公的年金(Social Pensions)

受益者:380万人(2024年)

コスト:1.16%(対GDP比、2024年)

高齢者自助グループ(Older Person Self-Help Groups)

受益者:500万人(2024年)

コスト:0%(対GDP比、2024年)

統合社会保障サービス(Integrated Social Protection Services)

6,000ソーシャルワーカー(2020年)

コスト:0%(対GDP比、2020年)

参考資料

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