ケニア

国際協力と協働オンライン国際学習(COIL)―ケニアにおけるアメリカの大学のCOILプロジェクト考察

photo credit: Gates Foundation

1. COILとは?

協働オンライン国際学習(COIL: Collaborative Online International Learning、以下COIL)は、情報通信技術(ICT)等を利用して国内に留まりながら海外の大学と相互交流を行う形式の教育方法である。COILは世界中で広がりを見せるにつれて、教育、特に高等教育において顕著に影響を与え始めている(Rubin & Guth 2022)。COILは2004年にニューヨーク州立大学のJon Rubin教授らによって開発され、教育的効果とコストパフォーマンスの高さから世界的に認知されるようになった。現在では、多くの大学がCOILの実施や導入を検討しており、その普及は世界中に及んでいる。

柴田(2022)は、新型コロナウイルス感染症の流行により、学生や研究者の海外移動を伴う国際交流が制限される一方で、国内での国際教育プログラムへの取り組みが世界中の高等教育機関で強化され、「教育のオンライン化」が加速し、その一環としてCOILの導入が進んだと述べている。その結果、コロナ禍以降、日本でも世界のトレンドに沿ってCOILを導入する大学が増加している。

COILの教育手法はお互いが同期して行うものから非同期で行うものまで多岐にわたる。例を挙げれば、海外の大学の教員や学生とZoomなどのビデオ会議システムを通じて共同授業を行う、海外の大学教員による録画講演を授業で配信し、学生が講演者と事後に交流する、特定のトピックについて海外の大学生とSNSを介して意見交換を行う、共同で課題解決型プロジェクトを実施するなど、多種多様な手法がある(お茶の水女子大学 2024)。誕生からわずか20年という若い教育手法であり、また近年のICTの急速な進化に伴って新たな技術やそれを利用した手法が次々と登場しているため、「COIL」は様々な形態へと進化している途上であると言える。

先進国開発途上国間のCOIL

上述の通り、COILはその起源がアメリカのニューヨーク州立大学にあることから、北米の大学で広く導入されている。さらに、ヨーロッパの大学でも積極的に採用されており、一般的には先進国間でのCOILが多く見られる。しかし、先進国と途上国の間でのCOILの実践も徐々にではあるが進展している。

先進国である日本でも途上国とのCOILは増加しつつある。ただし、これらのCOILプログラムのほとんどは、「異文化交流」を促進することにその主眼が置かれている。一方、アメリカやヨーロッパの大学は、異文化交流目的だけでなく、公衆衛生などの国際開発に関連する専門科目を教えるツールとしてCOILを活用してきている。

本論文では、先進国と途上国の間でのCOIL、特にアメリカの大学がケニアの大学と共同で実施しているCOILプログラムの内容をレビューし、日本におけるCOILと国際協力の将来について考察する1つのきっかけを提供したい。

アメリカとケニアの大学間COILプロジェクト

アメリカの大学とケニアの大学のCOIL協力事例としてカンザス大学(The University of Kansas)を取り上げる。The University of Kansas(2024)によれば、2023年には「Nurse-Midwifery Professionalism Seminar(ナース・助産師専門職セミナー)」などのプロジェクトを実施し、顕著な成果を上げている。2024年には、同大学のカンザス・アフリカ研究センター(KASC)が協働オンライン国際学習(COIL)イニシアチブを立ち上げた。このイニシアチブの下で、2024年の春または秋に「A course on Migration, Identity, and Citizenship(移民、アイデンティティ、市民権)」に関するコースと、2024年秋または2025年春に「誤情報と認識論的暴力(A course on Misinformation and Epistemic Violence)」に関するコースを開始する予定であり、途上国、特にアフリカとの間でCOILを積極的に推進している大学であると言える。本論文では実施済みのプロジェクトである「ナース・助産師専門職セミナー」を取り上げる。

「ナース・助産師専門職セミナー」は、2023年にThe University of Kansas School of Nursing(カンザス大学看護学部)とMoi University School of Nursing and Midwifery(モイ大学看護及び助産学部)との間で実施されたCOILプログラムである。The University of Kansas(2024)によると、同COILプログラムの目的は、両方の大学で助産教育を学びながら、国際的な看護実践について理解を深めることである。同COILプログラムで学ぶ具体的な内容は、法律、政治、文化、倫理、政策、保健システム、人々の健康に関するリーダーシップ、世界での助産師の役割など、看護実践に関する幅広いトピックをカバーしている。つまり、このプログラムでは、学生たちは互いの国(アメリカ・ケニア)の異なる看護実践に関するトピックを幅広く学び、それらを比較することで、自国の助産教育に新たな視点を取り入れることを目指している。

また、同COILプログラムでグローバルな人的ネットワークを構築する機会も提供されており、将来的には国境を越えた国際保健に貢献できる助産師を育成することを目指している。つまり、将来的にはNGOや世界保健機関(WHO)などの母子保健関連の開発プロジェクトで活躍する学生を育成することも期待できる。

同COILプログラムの具体的な実施方法について述べる。まずカンザス大学とモイ大学の学生たちはZoomを使用してオンライン授業に参加する。彼/彼女らは特定のトピック(例えば「人々の健康に関わるリーダーシップ」)について小グループで討論を行い、その過程でプレゼンテーションの準備をする。その後、プレゼンテーションはリアルタイムで参加者全員に対して実施される。このようなサイクルを繰り返すことで、学生は互いの国の保健に関する知識を深めていく。

このCOILプロジェクトは顕著な学習効果を示した。事前と事後には10項目の質問に対する評価(「私は助産師のリーダーシップ開発に必要な要素を特定することができます」等の質問を5段階で評価)が行われた。これにより、The University of Kansas(2024)は、このCOILプログラムが学生間の相互学習において優れた成果をもたらし、学生は助産実践において適応可能な経験を得たと結論付けている。このカンザス大学の評価はCOILが異文化交流のツールにとどまらず、公衆衛生など国際開発に直接影響を与える専門科目の教育ツールとしても活用できることを示す一つの好例であると言えよう。

考察

 上述カンザス大学とモイ大学のCOILプログラムの事例から、先進国-開発途上国間のCOILがODA(政府開発援助)、具体的には日本のスキームで言えば「技術協力」、分野で言えば「高等教育支援」等を代替または補完する可能性が示唆されているのではないだろうか。例えば、日本はこれまでJICAの技術協力を中心に日本とアフリカの大学間での高等教育支援を通じて約5000人の人材を育成してきた実績がある。また、「日本・アフリカ拠点大学ネットワーク構想」を打ち出し、アフリカの大学を中心としたさらなる高等教育支援を検討している(JICA 2023)。

ただ、これまでの日本の技術協力・高等教育支援等は、留学や対面研修等の直接的な支援が中心であった。そのため、一部の「国際的」な大学を除いて、日本と途上国の各大学が参加するにはかなりの障壁があり、援助のスケールアップを阻んでいた側面が少なからずあった。そこで、 COILを導入することにより、日本の大学のうち「国際的」ではないものの途上国支援に必要な専門技術や研究を有する大学のODA への参加を促進することが可能となる[1]。加えて、「国際的」ではないが日本の技術や研究が特に必要とされる途上国の大学のODAへの参加も促進されると考えられる。

さらに、近年日本ではODA予算に対する国民の厳しい目が向けられている。外務省(2024)によると、ODA額は1997年(支援額:1兆1687億円)をピークに減少傾向にあり、2024年現在はその半分程度の予算額(支援額:5650億円)となっている。このように予算が限られた中で、COILプログラムを通じたコストパフォーマンスの高いODAの提供は、日本・途上国双方の学生に対して効果的に裨益をもたらす性質も相まって、日本国民の理解も得やすいのではないかと考えられる。

実際に、他国ドナーはCOIL活用を徐々に始めている。例えば、ドイツ連邦経済協力開発省(BMZ)が一部資金提供を行い、ケニアの4大学(ナイロビ大学、マセノ大学、デダン・キマシ技術大学、キバビイ大学)とドイツのライプニッツ・ハノーファー大学が共同で、「高等教育機関における国際化の促進」を目的としたCOILとバーチャル交流に関する研修コースを立ち上げている(University of Maseo 2024)。折しも、日本のODAはコロナ禍を経て研修員受け入れ等の遠隔研修を積極的に取り入れるなどICT化が進んでいる最中である。将来的には、日本国政府が過去に構築してきた日本と途上国との関係を土台として、COIL等を積極的に採用することにより、日本と途上国との関係をより多層的かつ重層的なものへと発展させることを期待したい。

参考文献

Rubin, J., & Guth, S. (Eds.) (2022). The Guide to COIL Virtual Exchange. Routledge.

The University of Kansas(2024). Coil Initiative, https://kasc.ku.edu/kasc-coil-initiative

The University of Maseo. (2024). Dies National Multiplication Trainings (NMT) on “The Role of Collaborative Online International Learning (COIL) and Virtual Exchanges in Promoting Internationalization At Home In Higher Academic Institutions In Kenya  (COIL), https://www.maseno.ac.ke/NMT-call-for-application

お茶の水女子大学(2024). COIL国際オンライン協働学習, https://www.cf.ocha.ac.jp/coil/index.html#:~:text=COIL%E3%81%A8%E3%81%AF,%E3%81%A7%E5%B0%8E%E5%85%A5%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

外務省. (2024). ODA(政府開発援助)予算. https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/yosan.html

国際協力機構(JICA). (2023). 基礎教育の向上から高度人材育成まで多数のアプローチでアフリカの学びを支える. 国際開発ジャーナル社. https://www.jica.go.jp/africahiroba/info/press/2023/__icsFiles/afieldfile/2023/12/08/IDJ_2023.11_6.pdf

柴田弓子. (2022). 海外協定校とのオンライン国際協働学習に関する実践研究. 北九州市立大学国際論集(20), 77-89.


[1] JICAの受け入れ事業等と異なり、COILは大学の中核的な業務である授業に組み込みやすい。そのため、大学がODAプロジェクトへ参加することが容易になるとも考える。

Comments are closed.