世界中でより多くの人々が紛争から逃れようとしているのに、人道支援者の手はよりきつく縛られようとしている。
それはこのようなことが起ころうとは信じがたい温かい晴れた日だった。アフガニスタンのとある村でアブドゥル・ワリは政府と反政府勢力との交戦に巻き込まれて他の人々とともに命を失った。
旧ソ連の侵攻以来、引き続いた紛争によりアブドゥルと彼の家族は隣国パキスタンでの数十年にわたる避難生活を余儀なくされた。ようやく小さな商いで生活を建て、子ども達を学校に行かせられるようになったところ、パキスタンとアフガニスタンの政治的緊張を背景とした「自主的帰還」措置により彼らはアフガニスタンに戻ることとなった。恋焦がれていたものの、実際の生活上は何の関連もない「故郷」で、彼は最初から生活をやり直さなければならなくなった。
筆者が勤務していたNGOは彼の帰還先を含むコミュニティを対象に井戸を建設し、この井戸の維持管理研修を提供した。アブドゥルはこれに参加した。彼は彼自身や家族に新たな生活の希望をもたらす安全な水の供給に責任をもって携わることを誓ったのであった。
国連によると世界中で6,850万人もの人々が故郷や住処を追われている。うち4,000万人は国内避難民、2,540万人は難民、310万人は庇護申請者である。こうした人々が最も多く出ているのはシリア(630万人)・アフガニスタン(260万人)・南スーダン(240万人)である。彼らの多くは紛争から逃れたのであり、紛争は難民発生の最大要因だ。アフガニスタンのように非政府主体を含む紛争は世界中で増加の一途を辿っている。1989年にはこうした紛争は見られなかったが、2017年時点では80以上の紛争が非政府主体を含むものである。
こうした紛争において、政府は彼らがしばしば「テロリスト」と称する武装組織と戦う。他方、NGOなどの人道支援・復興支援従事者は紛争中・直後に草の根の人々に緊急支援を提供する。こうしたことで人々の被害や困難を和らげ、彼らが武装組織に傾倒したり、それらを支援したりすることを防ごうとしている。
政府によっては市井の人々と武装組織を支えたり、これらに関わったりしている人々との区別が難しいと捉えている。こうしたことからNGOに対しても懐疑的となり、その活動を規制しようとする。筆者が勤務したいくつかの国々では政府がNGOと武装組織との関わり、前者の後者に対する経済的支援を疑い、ビザや労働許可証を取得するのに多大な労力を要した。
こうして我々に対する規制が強まる一方、我々が武装組織に狙われる危険性はいまだ高い。支援従事者に対する攻撃は265件の事件と156人の犠牲者をもって2013年にピークを迎えたが、アフガニスタンなどでは今も高い発生可能性がある。
人道支援の「余地」の縮小
世界中でより多くの人々が紛争から逃れようとしているのに、人道支援者の手はよりきつく縛られようとしている。人々のニーズに的確に応えていくには、我々は単に責任と透明性をもって支援活動を行い続けるのみならず、より戦略的にならなければならない。
しかし、単にそれで今後、我々はうまくやっていけるのか? 残念ながら、見通しは明るいものではない。今後、人道支援のニーズは増していくと見られている。『The Future of Aid INGOs in 2030』によると、(特にサハラ以南諸国の)人口増加・気候変動(水資源の枯渇と農業生産性の低下に繋がる)・これらによる人々の間の格差の拡大と情勢が不安定な国々での脆弱性の継続により紛争が増加することが予想されている。
また、支援への政治的影響について同報告書は次の傾向を予測している。①支援を受ける国々は外部からの介入をより嫌うようになる、②相互連関を増す世界においてメディアなどの影響により、人道危機やこれへの支援ははより政治的に意識・対処されるものとなる、③支援が地政学の道具として利用される、というものである。
こうした傾向は支援を受ける国々の能力強化という側面ではいたずらに悪いものではない。しかし、こうした国々の社会に存在する格差や差別に基づいて支援に政治的恣意性が擦り込まれる可能性が懸念される。
無駄な努力?
それでは増加するニーズに限られた方法をもって対処するのは無駄な努力なのであろうか? 20年近く途上国支援に携わってきた者としてはそうは思わない。それぞれの人の命はかけがえのないものであり、尊厳をもって扱われなければならない。誰もが取り残されてはならないのだ。さもなければ、この世は地獄以外の何物でもなくなってしまう。困難に苛まれている人々の環境は彼らを押し流す急流のようなものであっても、我々の努力はそうした流れに抗う強靭な網のように彼らを腕を広げて迎え入れるような存在であるべきだ。
人為的な悲劇の一つは暴力と人々のこれからの逃避である。こうした悲劇を最小限に留めるには紛争予防が必要だ。我々はリスクや人々の困難・悲しみをよく理解する現地の人々との連携を強化せねばならない。
また、紛争終結後は人々がうまく生活や社会を再建できるように、人道支援から復興支援、そして開発支援への切れ目ない移行が求められる。しかし、多くの場合、現地に根深く存在する汚職(体質)によってこうした努力はくじかれる。また、アフガニスタンでは大国や周辺諸国などによる地政学も紛争を長引かせている。これらに対して市民による強力なアドボカシーが必要である。ただ、支援者は「救世主」であるなどといった傲慢さは禁物だ。我々は政府とうまくやっていくためにも現地の人々の考えや助言を真摯に仰がねばならない。
アブドゥルは世界でも最悪の困難の犠牲者の一人であった。僭越ながら、私が彼の立場や思い、そして彼の家族の深い悲しみを想像することはできない。ただ、彼が安らかに眠ることを祈るのみだ。残された人々は生き続けねばならないが、「なぜ私がこんな目に遭わなければならないのか?」という問いはいつか消滅せねばならない。たとえ幾多の困難があろうとも、我々はこうした人々への共感と連帯をもって進んでいかなければならないのだ。
この記事はFair Observerに掲載されたものです。
注:記述した事例は実際に起こったことであるが、関係者の安全確保のため、「アブドゥル・ワリ」は仮名で、記載状況は若干、異なったものとしている。
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