国家社会保障政策抜きに、貧困削減は語れない時代の到来
6月13日、ガーナ政府は国家社会保障政策(National Social Protection Policy: NSPP)を発表した。これは、貧困削減と不平等の是正というガーナ政府が掲げる最大の国家目標達成へ向けて、包括的な社会保障システムを作るための試み。
簡単に言えば、NSPPが貧困削減政策の最も重要な国家戦略となったということ。「NSPPを知らずして、貧困削減を語る開発援助関係者は『モグリ』 かもしれない・・・」というくらい重要な政策なので、わかりやすく解説してみたいと思う。
それで、何がすごいの?
これまでは色々な省庁・開発パートナーが「貧困削減」を目指して、バラバラに社会保障プログラムを実施していた。こうした数あるプログラムを、NSPPの傘下で一括管理する体制を作ったことが、「すごい」。
たとえば、小学校無償化プログラムや学校給食プログラムは教育省の予算で教育省の管轄、生活保護は社会保障省、健康保険は保健省といった具合に、これまではバラバラの省庁が管轄していた。これだと、貧困削減と不平等是正を達成するために、政府内で足並みが揃わない。そこで、「省庁のシガラミを取っ払って、一本化しよう」というのがNSPPの試み。
日本でもそうだが、既得権益のシガラミを取っ払うのは極めて難しい課題。そう考えれば、国家目標に向かってガーナ政府が一丸となって取り組む体制が整ったことの「すごさ」をおわかりいただけるだろうか。
ガーナ政府の社会保障政策のポイントをわかりやすく解説
ガーナ政府の公式ホームページ上ではまだNSPP本文を確認することはできないが、プレスリリースや現地報道を総合すれば全体像が見えてくる。ここでは、現時点でわかっている情報に私なりの説明を加えながら紹介したい。
その前に・・・。「開発途上国の社会保障」は、日本人が考えるよりずっと広い概念だということを念頭に置いて解説をお読みいただきたい(参照:開発途上国の社会保障と国際協力の潮流をわかりやすく解説)。
ガーナ政府の社会保障政策の3本柱とは?
NSPPの目標は大きく3つある。
- 社会扶助(Social Assistance)を通じて、2030年までに貧困削減を達成すること。
- 人間らしい労働(ディーセントワーク)を通じて、家庭と社会の持続的な繁栄を促すこと。
- 社会保障システムにすべてのガーナ人が加入すること。
この説明だと、開発途上国の社会保障を専門としない方にはわかりにくいかもしれない。噛み砕いてかなり大雑把に説明すると次のとおり。
- 明日の食べ物も無いような厳しい生活をしている貧困層向けには生活保護給付で貧困から脱出してもらう。
- 働くことができる人には仕事を提供するので、自力で貧困状態から脱出してもらう。
- 公的な社会保障プログラムへ加入することで、所得に応じて保険料を払ってもらう。その対価として、何か不測の事態が起こったときには社会保障で面倒を見てあげる。
3本柱にぶら下がる5つの社会保障プログラム
現金給付(Livelihood Empowerment Against Poverty: LEAP)
社会扶助(Social Assistance)の一環で、貧困層を対象に現金給付を行うプログラム(Cash Transfers)。受益者は1,600世帯(2008年)から14.7万世帯(2016)へ拡大しており、同国最大の社会保障プログラムの一つ。ガーナには貧困層220万人、35万世帯が暮らしているとされ、LEAPで貧困層全員をカバーすることを目標としていると考えられる。なお、LEAPは社会扶助の一環なので、財源は税金及び海外からの援助資金。
国民健康保険(National Health Insurance Scheme: NHIS)
社会保険(Social Insurance)の一環で、65歳以上の高齢者は無料で健康保険に加入できる。保険料を徴収できる世帯からは保険料を徴収し、貧困層に対しては政府が補助金を出すことで加入率を上げていくようだ。
公共工事(Labour Intensive Public Works)
農業のオフシーズンに、地方自治体が公共工事を通じて雇用を創出するプログラム。貧しい農家を対象に就労機会を提供することで、貧困リスクを低減する試み。
学校給食(School Feeding Programme)
公立小学校向けに、ガーナ政府が2005年に開始した学校給食プログラム。就学適齢期の子供たちの就学率と栄養状態の向上を狙うもの。現状ではすでに150万人の子供たちが同プログラムの対象となっているが、2016年末までに300万人まで拡大する見込み。
初等教育無償化(Capitation Grant)
初等教育の無償化プログラム。教育水準の向上は、長期的な貧困削減にとって不可欠。それにもかかわらず、低所得者層の家計支出の大部分を授業料などにとられていた。そこで政府が実施したのが初等教育無償化。貧しい家庭の子供たちにも平等に教育機会の提供を目指すのがこのプログラムの趣旨だ。
このように、包括的な社会保障政策の大枠を作ったことが、NSPPのすごいところ。ただ、政策ができたからといって、実施に繋がらないのが開発途上国の「アルアル」でもある。ガーナの社会保障は今、ようやくスタートラインに立ったといえる。