カンボジアの首都プノンペンのど真ん中。一際目立つ豪邸が聳え立っている。地元民なら誰もが知るフン・セン首相邸宅である。独立記念塔の真後ろに位置するこの建物。まさに一等地にあると言ってよい。しかし、その華やかな表情とは裏腹に、この豪邸こそがカンボジアの抱える汚職問題の象徴なのかもしれない。
「石油会社があの豪邸をプレゼントした」
少し前に街ではこんな噂が流れた。プノンペンにある石油関連企業が首相へ邸宅をプレゼントしたという話だった。単なる噂なのか。それとも真実なのか。首相のみが知るといったところだろう。しかし、この手の話はいくらでも聞くことができるのであって、火の無い所に煙は立たないとはもしかしたらこのことを言うのかもしれない。
そういえば先日、タイから亡命中のタクシン元首相がカンボジア首相顧問に就任したというニュースが流れた。数年前に元首相はクーデターにより失脚し、有罪判決を受け、第三国で亡命生活を送っていたと伝えられている。またその間、カンボジアとタイ革命政府はカンボジア北西部(タイ南東部)のプレアビヘア国境付近で一時軍事衝突を繰り返すなど、緊迫した情勢にあったのだから、このタイミングでのカンボジア首相顧問就任は両国にとって衝撃的なニュースだったのである。
ところで、この首相顧問という役職。一体どんなものなのだろうか。名前からすると、大学教授などの学識者が政策分野で政府を支える姿を想像する。そうすると常識的に考えれば、当然彼らは多額の報酬と引き換えに仕事をしているのだと思い浮かべるのが普通である。しかし、どうやらその常識もカンボジアでは非常識なのかもしれない。
話によると、こうした首相顧問は相当数存在し、就任するためには報酬を貰うのではなく、約500万円積まねばならないそうだ。さらに、こうした政府顧問は、首相の名の下で行われる事業に出資する義務を負うことがあるようで、例えば、首相が「校舎を建てる」と言えば、金を出すのは彼ら首相顧問であり、彼らの名前は表に出てこない。つまり首相の名声のために金をひたすら払い続けるというのである。
では、なぜ彼らは首相顧問になるのか。カラクリはこうだ。事業を取り仕切る権利を与えられ、校舎を建てる資材を買い付けるときに発生する税金、輸入時に発生する税金を自らのポケットにそのまま入れるのである。また、事業に関連する企業からの接待・献金等も彼らの利益となると考えられる。これで校舎の建設資金と500万円の初期費用を回収するとのことだ。
これが本当だとすると、まさに汚職を超えたビジネスである。首相顧問にとってはハイリスクハイリターンの大規模ビジネスに他ならない。さらに、短期的に見れば、国民にとっても基礎的な生活インフラ(道路・学校・上下水道など)が整備されるのだから、まさに願っても無い話である。税収の少ないこの国において、横領によって税金を失うことは確かに痛手だが、ある意味では首相顧問の出資が社会的寄与となっている面もあるかもしれない。
しかし、ふと考えてみると、たった一人だけリスクなしに利益を膨らませている人物がいる。首相である。500万円の費用を対価に、政府事業の管理権と税金の徴収権を与えるだけである。この一連の噂が本当だとすれば、最もビジネスに長けていて、かつ安全運転なのは首相顧問ではなく、首相本人なのかもしれない。
それともう一つ、タクシン元首相がまさか500万円を積み立てたとは考えにくいが、仮に払っていたとして、どこに利益があるのだろうか。タイの長者番付に毎年登場し、英プレミアリーグのサッカーチームを所有していたほどの大富豪だ。ちょっとやそっとの金儲けに興味はないだろう。そう考えると、答えは必然的に見えてくる。政治である。元首相は今も虎視眈々とタイの政権奪取に備えていると伝えられている。
そこでカンボジアの歴史を振り返ってみると、タイと同様、国王派と政府が対立してきた過去に目が留まる。最終的にはフン・セン首相率いる政府が勝利を収めた形になったのだが、その経験と手法を学ぶべく、タクシン元首相はフン・セン首相に近づいたと言われているのである。ちなみに政権奪取の必勝法を尋ねられた首相の答えはこうである。
「軍隊と警察を味方につければ勝てる」
カンボジアは今、文字通り高度成長の絶頂期にある。経済成長率は過去10年で年率10%に迫る勢いだ。しかし、その華やかな成功の裏側は、今は明かされない。いつの時代も、闇は後からやって来るのである。そして今日も、自由の象徴である独立記念塔を目の前に、華やかな豪邸が不気味な影を潜めている。