イギリスのEU離脱で世界経済危機は訪れるのか?
開発途上国にはどのような影響があるだろうか。
国民投票の結果、イギリスが欧州連合(EU)を離脱することが濃厚となった。残留派を多く抱えるロンドンやスコットランドでは独立の機運が高まっており、ドミノ倒しのように離脱する国が増えていく懸念が広まっている。
開発援助との関連でいえば、ドナー諸国が多いヨーロッパで歩調が揃わないことは、持続可能な開発目標(SDGs)のスタートとしては最悪の事態だ。完全に冷や水をかけられたこととなる。
ただ、最大の懸念は、ヨーロッパにおける危機が世界規模の経済危機の原因となることだ。世界屈指の経済圏を有するヨーロッパ。そこで混乱が混乱を呼べば、世界的な経済危機は避けられない。一部では、リーマンショック以来の世界恐慌がやってくるともささやかれている。
もし、世界経済危機が起きたら、開発途上国への影響は?
世界的経済危機が訪れた場合、開発途上国では何が起こるのだろうか。週明けにかけて、世界中の専門家がブログや大手メディアへ寄稿しており、議論が過熱している。
実際のところ、どれほど著名なエコノミストが集まって議論をしても、未来は誰にもわからないのが現実。だからこそ、経済危機が何度も起きてきたわけで、「経済危機は起こるのか?」という問いが如何に不毛かは歴史が証明している。
私たちが唯一できることは、過去から学び、有事に備えることだ。ここでは2015年に出版された論文『経済調整の10年(The Decade of Adjustment)』を参考に、リーマンショックによる世界経済の停滞以降、各国がどのような政策を実施してきたのかを振り返ってみたい。
この論文は、国際通貨基金(IMF)による187ヶ国の政府支出予測(2005-20年)をもとに、その場しのぎの経済調整・緊縮財政がいかに公正な経済・社会秩序を乱すかを論じている。つまり、IMFの経済政策によって政府が緊縮財政を求められ、貧困層・中間層にとって公正でない経済・社会秩序が生まれる可能性を指摘したもの。
フェーズ1 - 経済危機発生・支出拡大(2008-09年)
2008-09年、ほとんどの国が政府支出を拡大し、景気刺激策を講じる。一時的に経済は立ち直るものの、政府支出増大の反動が訪れる。脆弱層(貧困層+α)は公的支援を必要としているが、政府は予算削減を開始。
フェーズ2 - 財政縮小(2010-20年)
財政縮小による経済調整によって、2016年以降、132ヶ国で経済成長が停滞することが予測される。特に、開発途上国で影響が強く、81ヶ国が公的支出を削減。全体の約3割の国が、経済危機前(2005-07年)の水準以下の緊縮財政を実施すると予測される。これらを踏まえれば、2020年までに3分の2以上の国で緊縮財政が実施され、全世界の人口の約80%が、緊縮財政の影響を被ることとなる。
経済危機後に政府が行う8つの政策
小さな政府(財政縮小)が意味することは何か。先の論文は、IMFのカントリーレポートから、IMFの経済政策(緊縮財政政策)の「助言」に共通点を指摘している。
- 補助金の削減(石油・農業・食糧等)(132ヶ国)
- 公的セクターの賃金カット(教育・保健従事者等)(130ヶ国)
- 狭義の貧困層にターゲットを絞った社会保障プログラムの実施(107ヶ国)
- 年金改革(105ヶ国)
- 労働市場改革(89ヶ国)
- 保健制度改革(56ヶ国)
- 消費税の増税(138ヶ国)
- 公共サービスの民営化(55ヶ国)
経済危機をきっかけに小さな政府へ
これらの政策を端的にまとめると、公的部門を縮小し、全国民に満遍なく負担を強いる経済構造への転換策と言えるだろう。
生活必需品に対する補助金は、財政を圧迫する最大の原因とみなされることが多い。言い換えれば、全国民が恩恵を受ける政策であるため、補助金の削減は全国民へ負担が生じることとなる。
補助金の代わりに、政府は貧困層にターゲットを絞った社会保障プログラムを拡大する傾向にある。現金給付プログラム(CCT等)に代表されるように、最貧層にターゲットを絞って定額支給することで、より効率的(経済的)に貧困削減を達成することができるという発想が根底にある。
年金や保健制度改革も同じロジックが適用される傾向がある。保険料や受診料の値上げや、年金受給開始時期・金額の下方修正などがこれに含まれる。
中間層のリスク拡大
こうした制度改革は、国際的な合意に反する。つまり、「誰も取り残さない(No one will be left behind)」をスローガンに掲げる持続可能な開発目標(SDGs)に反する可能性がある。
経済危機をきっかけに小さな政府を目指すことで生まれる被害者は誰か。中間層に他ならない。
貧困ラインより少し上にいる中間層は、極めて低い所得水準で生活している。ある意味で恣意的に定められた貧困ラインによって貧困層とみなされないがために、社会保障プログラムや公的サービスの補助対象者となることができない。一方で、生活必需品に対する補助金の削減、消費税の増税など、日常の支出は増えるばかりだ。
一連の分析が正しいとすれば、「中間層のクビを絞めると同時に、貧困層へターゲットを絞ることで「ガス抜き政策」を実施する政府が多い」ということになる。
過去の経済危機の対応から見られる教訓は、「小さな政府の模索」と「脆弱な中間層を見捨てること」にあるのかもしれない。
もしも、経済危機がやってきたら、私たちは長期的な視点で政策を立案・注視すべきだろう。
※The Povertistでは寄稿を募集しています。イギリスのEU離脱にともなう開発途上国への影響について、投稿をお待ちしています。
Ortiz, I. 2015. The Decade of Adjustment: A Review of Austerity Trends 2010-2020 in 187 Countries. ESS Working Paper No. 53