キューバ

アメリカ・キューバ雪解けを理解する10のポイント

世界から熱い視線が注がれているアメリカ・キューバの関係改善の動き。どのような歴史があったのか?どのような背景があるのか?どのような障害があるのか?誰の、どのような利害が絡むのか?10のポイントにまとめてみました。

 

外交的背景

まず、両国がこの決断をするに至った国際的・外交的背景があります。

アメリカ側

Photograph: NASA HQ PHOTO
Photograph: NASA HQ PHOTO
  • ウクライナ情勢、中東情勢、対ロシア関係の悪化を前に、足場を固めておく必要性があった。
  • 米国が介入した地域はことごとく泥沼化、「何も達成できていない」と国内での批判もあるオバマ、任期の最後に歴史に名前を残す何かを達成する狙いとの声も。

 

キューバ側

Photograph: a-birdie
Photograph: a-birdie
  • 悪化するベネズエラ情勢=キューバにとってベネズエラからの石油の供給は死活問題であるが、チャベス前大統領死後混沌を極めるベネズエラにはもはや頼れず、バランスを立て直す必要があった。
  • オバマ大統領のあと、共和党が政権を握ることになれば(※下で解説します)当分は関係改善は見込めない可能性が高く、一方ラウル議長も2017年までの任期となっており、このタイミングが最善と判断した。

 

両首脳による発表

2014年12月16日

バラック・オバマ大統領とラウル・カストロ国家評議会議長が電撃電話会談。

  • 以前からオバマが対キューバ政策の見直しを言及したり、2013年12月に行われたネルソン・マンデラ故南ア大統領の葬式の場で両大統領が挨拶・握手したりと、何かが起こる兆候あり。ローマ法王の仲介、18ヶ月にわたる水面下の交渉を経て、電話会談が実現。

2014年12月17日

両大統領が同時刻に声明を発表。

オバマ声明要約:

  • 50年間に渡る経済封鎖・孤立化政策は失敗だったと認め、政策を転換する。
  • キューバ側はアメリカ人工作員アラン・グロス氏他を解放し、アメリカ側はキューバ人工作員3名(*)を解放する。
  • 1961年以来外交関係を回復し、両国に大使館を設置する。
  • 商業、渡航、通信、送金、銀行業務などについて制限を緩和する。
  • その後、健康、移民、反テロ、ドラッグ、災害援助などのテーマについて話し合いを進めていく。

ラウル声明要約:

  • オバマ大統領の決断は、我が国民の敬服と感謝に値する。
  • ヘラルド、ラモン、アントニオの3人(*)が祖国に帰還した。
  • 米国の工作員アラン・グロス及びもう一名の解放を決定し、他53人のキューバ人政治犯を釈放する。
  • 国家主権、民主主義、人権、外交などの点について、理解の違いはあるものの、対話を通じて両国の関係正常化を目指す。
  • 但し、これによって、根本的問題が解決された訳ではない。経済封鎖は依然として人道的・経済的被害を我が国に与えており、止めるべきである。

(*)5人の英雄(Los 5 héroes)と呼ばれる、米国で捉えられていたキューバ人諜報員5名のうち3名(他の2人は既に帰国)。

 

③国交正常化交渉の開始

発表後の両国の動きを追っていきます。

 

2015年1月21・22日 第一回国交正常化交渉@ハバナ

 

2015年2月27・28日 第二回国交正常化交渉@ワシントンD.C.

 

2015年3月16日 第三回国交正常化交渉@ハバナ

 

  • 世界の注目を集めた第一回交渉だったが、記者会見でジェーコブソン米国務次官補(アメリカ側の代表)が「国交回復には克服すべき課題が多くある。複雑且つ深い相違がある」と語るなど、世間が期待したようには交渉は進まなかった模様。第二回・第三回を終え、「進捗がある」と両代表ともコメントしているものの、目標とされていた「米州サミット(4月10-11日)までの両国への大使館の設置」は達成できなかった。
  • 大使館設置が遅れている理由としては、キューバ側の要求である「米国のテロ支援国家リストからの解除」「米国内の銀行口座開設」を実行するには議会の承認が必要(大統領権限でも不可)となるため。一方アメリカ側はキューバ国内の人権問題に関する懸念を表明しているが、キューバはアメリカの介入を認めない姿勢を維持している。
  • 但し、渡航、通信、送金、銀行業務などについての制限の緩和(大統領権限で実行可能な範囲)は進められ、いくつかは既に施行されている。具体的には…

 

【渡航】米国人の渡航許可緩和(観光目的はまだ不可だが、教育、医療、人道支援など12のカテゴリーのどれかの目的であれば訪問可能)、また土産の持ち帰りが許可(400ドルまで、うち葉巻100ドルまで。以前は葉巻等の持ち込みは全て禁止であり空港で没収されていた)

【通信】各種通信制限の緩和、パソコンや携帯電話などの輸出が可能に

【送金】米国からキューバへの送金金額の上限が緩和(3ヶ月で500ドル→2,000ドルに)

【銀行】米国製クレジットカードのキューバ内での使用が可能に

【商業】農産物、医薬品、建設資材など一部品目の米国からキューバへの輸出が可能に

 

④第7回米州サミット

2015年4月10・11日 米州サミット@パナマ

Photograph: Presidencia de la República del Ecuador
Photograph: Presidencia de la República del Ecuador

南北アメリカとカリブ海諸国首脳が集まる首脳会談。今回始めてキューバが参加したことにより、7回目にして始めて35カ国の代表が全て集まることになった。またオバマ・カストロ両首脳が会談を行い、1961年の国交断絶以来始めての両国首脳の直接対話という歴史的一日となった。

各大統領のスピーチの中で、オバマ大統領はキューバとの関係改善について言及し、「この政策の変更は地域の転換点になる」と述べた。一方ラウル・カストロ議長は8分の持ち時間のところ、「参加できなかった過去6回分も合わせて8×6=48分しゃべらせてもらう」と切り出し、過去のアメリカによるキューバへの侵略の歴史を延々と語った一方、続けて「これらの出来事のいずれもオバマ大統領の責任ではない。彼は素朴で、正直な男だと思っている」と述べた(そして実際48分しゃべった)。

 

その後個別にも会談し、「大使館の設置」「テロ支援国家リストからの解除」を早急にすすめることで同意した模様。記者会見でも、「お互いの立場に違いがあること」を前置きしつつ、「様々なテーマで話し合いを続け、いくつかのテーマではわかり合えるものと思っている」とした。

 

⑤アメリカの意図

「国交回復」の意味を改めて考えてみます。

まず第一に、アメリカのいう国交回復とは、「キューバと仲直りして友好国になる」という意味ではありません。オバマ大統領がスピーチで、「50年間続けた隔離政策は失敗だった。これからはアプローチを変える」と言っている通り、要は、「キューバ政府に対するアプローチを変える=嫌がらせのやり方を変える」のであって、アメリカの方針を変える訳ではありません。

 

つまり、「国際社会から孤立させて、経済封鎖してキューバをにっちもさっちもいかない状態に陥れて、キューバ国民の不満を募らせ、体制の崩壊を目指す」作戦が50年経ってもうまくいかないので、「外交関係を回復しヒト・モノ・金・情報の流通を盛んにして、社会主義体制の内部からの変革を誘発させる」作戦に変更したということで、米国の狙いはあくまでもキューバ=社会主義の転覆であることに変わりはないのです。

 

(一般キューバ国民は、もちろん米国が親切でしているのではないことを承知してはいますが、国交正常化については歓迎しています。)

 

これまで、米国は亡命キューバ人を扇動してキューバを空爆したり、カストロ議長の暗殺を何度となく試みたり、疫病を流行らせたり、と相当タチの悪いことをしています。CIA工作員が飛行機を墜落させた事件もありました。

 

キューバも、それに対抗してロシアから核弾頭を運んできて設置しようとしたり、ロシア~ベネズエラ~中国〜ブラジルと頼る相手を変えていくなど、まさに生き延びるために闘ってきました。

 

(超大国アメリカに50年も耐え忍んだキューバは偉い!と思いたいところですが、実際に中で住んでいる多くの国民は悲惨な環境での生活を強いられているわけで、とても褒められたものではありません。筆者はキューバに住んで4年、思い入れのある国ですが、共産主義は明らかに行き詰まっており、アメリカの経済封鎖と並んでキューバの経済発展を妨げる要因だと確信しています。)

 

⑥キューバ・アメリカの歴史

上記のような関係に至るまでのキューバ、アメリカの歴史についてもう少し詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。

 

⑦アメリカのキューバ関係法律

現在、アメリカにはキューバに対する様々な法律が施行され、日本を含めた外国にも影響を及ぼしています。

 

  • キューバ人調整法(Cuban Adjustment Act)

アメリカ国内に1年間滞在したキューバ人にはアメリカ永住権を与えるとする法律。亡命を考えるキューバ人にとっては、アメリカ合衆国にたどり着きさえすればアメリカ政府から護られるという、他国の移民者にはない「特権」であり、アメリカがキューバ人の亡命を助長するために設定した法律といえます。「濡れた足、乾いた足(Wet feet, dry feet policy)」といわれるルールがあり、キューバからフロリダ半島を目指して亡命するキューバ人は、無事にアメリカ合衆国の国土を踏むことができれば同法の適用を受ける一方、もし海上で警備隊に捕まってしまった場合には強制送還される、という決まりになっています。

 

  • 米国輸出管理規則

アメリカを原産地とする商品をキューバに販売すると、販売者が罰せられる法律です。アメリカ製もちろんのこと、第三国で作った製品でも、原材料や部品にアメリカ製品が10%以上含まれていると、法に触れる事になります。大企業で、特にアメリカとの取引が大きい企業の中には、この法律に触れることを恐れてキューバとの取引をしたがらないケースもあるなど、他国のキューバとの商売にまで影響を与えています。一方キューバ側にはアメリカ製品の輸入を禁止する法律はないため、この法律を気にせず商業を行う企業もあり、街中ではコカ・コーラも手に入ります。

 

  • トリチェリ法、ヘルムズ=バートン法

正式には「キューバ民主主義法(Cuban Democracy Act)」といいます。内容は、キューバと経済関係を持ったり援助を行う諸国への制裁、米企業・米企業の海外子会社による対キューバ取引禁止、キューバに寄港する商船の寄港後180日間の米国内入国禁止など、米国だけでなく、国際社会がキューバと商業を行う事を徹底的に制限する法律です。また米国人のキューバへの旅行、キューバ人亡命者のキューバへの送金も禁じています。

この法律は民主主義法という名前と実態がかけはなれている、と国際的に批判を受けています。

 

⑧米大統領選挙

現政権(民主党)のオバマ大統領の任期は2016年で終わります。今後の両国の関係がどう進むかは、その後の米大統領選挙によるところが非常に大きいと言えます。

簡単にいえば、現政権である民主党(Democratic Party=リベラル)が次も政権を維持すれば、この雪解けムードは続く可能性が高い一方、野党である共和党(Republican Party=保守)が政権をとるようになると、再び対キューバに対して厳しい措置が取られることが予想されます。

気になる両党の次期大統領候補は…

民主党:ヒラリー・クリントン

共和党:ジェブ・ブッシュほか

となっています。ヒラリー・クリントンは対キューバ政策の見直しを以前から言明しており、同じ路線を続けるものと思われます。ジェブ・ブッシュは、ジョージ・ブッシュ元大統領の弟です。共和党の支持を取り付けるために、反キューバキャンペーンを打ち出すことでしょう。

 

⑨キューバ系アメリカ人

上の米大統領選挙にも絡んでくるのが、フロリダ州約200万人いると言われるキューバ系アメリカ人(=キューバから亡命してきた人・その子孫)の存在です。彼らは反カストロ体制であるため、キューバに対する寛容な政策には反対の立場をとります(今までのアメリカのキューバに対する制裁もこの団体が中心となって実施を求めてきましたし、当然オバマ大統領の昨今の行動に対しても痛烈に批判しています)。歴代大統領は、このフロリダ州の票を獲得すべく、時としてキューバに対して寛容な政策を避けてきました(今回のオバマの思い切った動きは、第二期で選挙の心配をする必要がないことが背景の一つです)。

一方で、頑なに反カストロ体制の立場を取るキューバ系アメリカ人ですが、思想的理由の他にも理由があります。それは、「アメリカ政府が対キューバに厳しい措置をとればとるほど、彼らにとって都合が良い」からです。アメリカ政府は、キューバ政府の転覆のために毎年多額の予算を投じて、反カストロのキャンペーンを行ったり、キューバ国内の反政府運動を促したりしています。これらの予算を使用して「仕事」を行うのはキューバ系アメリカ人であるため、いわばこの予算が彼らの仕事・給料の出所となっている訳です。彼らにとって、アメリカとキューバの関係改善は死活問題で(仕事がなくなる)、懸命に阻止しようとしていますが、その理由は思想的なものでなく経済的なものであるのが現実でしょう。キューバ系アメリカ人も世代交代が進んでおり、近年の若者の移住者は経済的な理由で移住する人がほとんどです。

従って、共和党員のいう「キューバは悪の枢軸で、カストロ政権に対する寛容な政策はアメリカを危険にさらす」というのは自分達の行いを正当化する建前でしかなく、キューバがアメリカを攻撃する力も意思もないことは彼ら自身も知っているはずです。

 

⑩キューバで変わっていること・変わりうる事

  • アメリカ人の観光目的での渡航解禁

完全に解禁となった場合、年間およそ100万人のアメリカ人が観光すると推定されています。キューバはソ連崩壊し経済的否後ろ盾を失ったあと、観光産業をオープンすることで外貨収入を計ってきました。現在キューバを訪れる観光客は年間およそ300万人。これが急増することになり、ホテルや道路など観光関係インフラの増設は必至です。いくつものまだ開拓されていない離島にリゾートホテルが建てられるでしょう。そして何より、キューバの観光地がアメリカ人観光客で埋め尽くされることになるでしょう。

Photograph: Marin Mizuno
Photograph: Marin Mizuno

キューバのリゾート観光地、バラデロ

Photograph: Marin Mizuno
Photograph: Marin Mizuno

ハバナにある外資系観光ホテル

 

現時点でアメリカ人の観光目的の渡航はまだ許可されていませんが、この動きがきっかけで既に世界各国から観光・ビジネスの目的で入国者が急増しています。「国が変わってしまう前のキューバを見ておきたい」「国が変わった後にビジネスをすべく市場調査をしたい」という声を、あちこちで耳にしますし、今まで制裁を恐れてキューバ向けに商売を行っていなかった世界的な大企業が次々に視察に訪れています。

 

  • 商業の競争活発化

最も近いアメリカからの製品が輸入禁止だったことで、日本やカナダ、ヨーロッパの企業がチャンスを掴んできましたが、アメリカの製品のキューバへの輸出許可が広がると、この競争が厳しくなることは必至です。アメリカ企業だけでなく、今までアメリカから睨まれるのを恐れて今までキューバ市場に参入してこなかった他の国の企業の参入という副次効果もあります。他、現在キューバを通った船は一定期間(180日)米国を通れないという法律が(アメリカに)ありますが、それらも撤廃されれば、商業はよりスムーズになります。

 

  • キューバ人の生活レベル向上…?

観光収入が倍増して、送金の額も増えて、商業の競争活発化でより良い・安い商品が国に入るようになれば、国家としての収入は増え、出費は減り、理論的には人々の生活は良くなる…はずです。直接的恩恵を受けるのは、観光関連で働く人と、米国に亡命家族がいる人がメインになりますが、国全体にどういう影響を与えるでしょうか。

  • 民主化…?

上記の流れを利用して商業を活性化させ、携帯やインターネットなどのサービスを拡大し、モノ・カネ・情報のアクセスを容易にすれば、人々は民主化を欲し、社会主義の崩壊につながる、というのがアメリカ側の戦略です。キューバは経済の回復をねらいながらも民主化は進めないかじ取りをしていくことになります。

 

 

 

「内部からの社会主義の崩壊」に繋げたいアメリカと、「経済封鎖の解除による経済的恩恵」だけを享受したいキューバ。熾烈な戦いは続きます。

 

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