ザンビア農村部の住血吸虫症
ザンビアで唯一の世界遺産、ビクトリアフォールズの東側に広がるエリアはムクニチーフダム(Mukuni Chiefdom)と呼ばれ、広大な丘陵地帯に幾つもの小さな集落が点在して成り立っている、ザンビアの典型的な村である。この地域の保健サービスは中心エリアにあるムクニルーラルヘルスセンターによって提供されており、日本における保健所と診療所を兼ね合わせたような役割で、勤務するEHT (Environmental Health Technologist:環境衛生士)による衛生向上活動も担っている。
ムクニ内の幾つかの集落では、住血吸虫症(Schistosomiasis)という寄生虫の集団感染が起こっている。幾つか種類のある住血吸虫症のうち、この村で広がっているのはビルハルツ住血吸虫(Schistosoma heamatobium)という種類のもの。不衛生な水が感染源となり、清潔な水へのアクセスの悪い僻地で広がりやすく、感染後、寄生虫は最終的にヒトの膀胱に住み着くため、典型的な症状としては血尿がみられるようになる。特に若年者が感染しやすいとされ、尿中には大量の虫卵が排出される。これが再び感染源となるため、排泄物の不適切な処理、人々の衛生観念の不足も感染の広がりにおける重要な要因である。治療せずに放っておくと、貧血により学力や活動意欲が低下し、特に女性の場合は不妊の原因となる、寄生虫によって粘膜が損傷を受けるためにHIV感染リスクが増大するなど、コミュニティに後々大きなダメージを与えていく可能性がある。
私がこの村の住血吸虫症の蔓延に気づいたのは、ある地域から来た子供の血尿検体を調べたことがきっかけだった。ある日、数カ月にわたり血尿が続くという症状を訴えて、5キロほどの砂道をあるいて10歳くらいの少年が姉とともにヘルスセンターにやってきた。提出された尿は、見た目に「ほぼ血液」の状態。顕微鏡で覗くと、典型的なビルハルツ住血吸虫卵が無数に確認され、確定診断に至ったものの、残念ながら治療薬を渡すことはできなかった。ヘルスセンターに薬がなかったからだ。子供はその日、治療を受けることなくそのまま帰宅するしかなかった。私ができたことは「トイレのあとはきれいな水で手を洗いなさい、ため池で遊んではいけないよ」と言うことのみ。これは他の人への感染を防ぐための助言であるに過ぎず、少年の症状改善には何の役にも立たない。
4集落のうち2つの集落で高い陽性率
その後の6月のある日、トラコーマ眼感染症予防薬の集団投与キャンペーンがイギリス支援によって行われることになった。私も投与チームに同行し、村内の集落のうち、4集落を訪問するチャンスを得た。ボランティアという立場上、使用できるリソースが非常に限られてはいたが、どれくらい蔓延しているのか、調査を試みたところ、十分とは言えないまでもある程度感染の状況を把握することができた。
集落名 | 男児
(陽性者数) |
女児
(陽性者数) |
計
(陽性率) |
肉眼的血尿を呈した割合 (%) | 15歳以下の生徒数 |
カムイ | 13 (8) | 15 (9) | 28 (60.7%) | 9 (32.1%) | 約300 |
ンデレ | 23 (9) | 23 (13) | 22 (47.8%) | 0 | 222 |
ンガンドゥ | 16 (0) | 13 (0) | 29 (0) | 0 | 475 |
マチェンジェ | 8 (1) | 12 (0) | 20 (0) | 0 |
※対象は学校に通う7歳から15歳の生徒たちとし、無作為に選んだ生徒から検体を採取。学校側の協力を得て実施した。
調査した集落のうち二つで非常に高い陽性率が確認された。カムイでは検体のうち3割が見た目にも真っ赤であったこと、ンデレでは尿の外観は正常なのに実際には半数近くが陽性であったこと、いずれも驚くべき結果であった。
ヘルスセンタースタッフによると、ザンビア政府の定めるプロトコルでは陽性率が30%以上の場合はそのコミュニティの子供達全員に投薬を行う必要があるとのことであった。高い陽性率が確認された2箇所の集落はこの条件を満たすことになる。また、聞き取り調査の結果、今回調査した集落の近隣エリアでも同様の状況となっている可能性があることがわかった。いずれの集落もザンベジ川につながる一つの支流の周りに位置しており、この川の水が主要な感染源であることも示唆された。
「顧みられない熱帯病」の意味
このデータをもとに、この地域を管轄する上位組織であるカズングラ郡保健局に必要な処置を講じてもらうよう働きかけた。具体的には、十分量の治療薬の確保、センタースタッフが集落へ出向いて投薬を行うための車両手配、予防啓発のためのコミュニティヘルスワーカーと学校教員を対象としたワークショップ開催について。それから2ヶ月あまり経ち、治療薬だけはなんとか用意できたものの、それ以外は未だに’no action’のまま。車両手配に至っては、こちらの要請が承認され安心したのも束の間、実際には配車されず、当日は待ちぼうけを食らった挙句、結局すっぽかされてしまった。我々の訪問を待っていた生徒たちや教師たちは、さぞ失望したに違いない。
治療、そして感染予防にはプラジカンテルと言われる駆虫薬が使用される。年齢・体型に応じた数の錠剤を、一度投与するだけである。ジェネリック薬もあり、WHOの定める「必須医薬品」の一つともなっているほど基本的な薬である。処方箋がなくても街中の薬局で簡単に手に入れることができるが、それほど高価な薬ではないとはいえ、僻地に住まう住民たちにとって、遠い街に出て一個10クワチャ(約100円)の錠剤を数個買うことは決して容易ではない。だからこそ、公的サービスとしての治療が必要なのだ。また、世界規模の予防投薬プロジェクトも各国で行われており、政府はWHOのプロトコルに従い数年間にわたって無料で薬を手にいれることだってできるのだ。
なのになぜ、保健局は何も行動しないのか?そこで私はふと気付いた。そうか、「顧みられない」ってこういうことなんだ…。住血吸虫症は、WHOの定義する「顧みられない熱帯病」のうちのひとつである。
私はこれまで、顧みられないとは「先進国にとってはもはや重要な疾患ではないから、重要視されていない」ということだと思っていた。しかし、現実には当事国の政府機関ですらこの有様なのだ。
世界3大感染症とされる、マラリア、結核、HIV/AIDSについては、世界的な取り組みや多額の援助・支援もあり、ザンビアにおいてもかなり状況は改善していると感じる。しかし、少なくとも住血吸虫症についてはこの状況である。
顧みられない熱帯病の状況と対策実施の壁
調査を進めていくうちに、今まで気づかなかったことがいくつも見えてきた。感染しても血尿は出るものの患者が大きな苦痛を訴えないこと。起こっているのが都市部ではなく僻地であり現地住民の声が政府側に届きにくいこと。症状(血尿)を訴えるのは恥ずかしいこととして患者が隠しがちであること。こういった現地の要因によって当事国内でも「顧みられない」状態になっているのだ。
保健局という行政機関の限界にもぶつかった。ザンビアでは今年8月に大統領選挙が予定されており、選挙活動が活発になっている。周囲のザンビア人が口を揃えて言う。すでに1年以上遅れている郡病院の開院を急ピッチで進めているのは大統領戦を睨んでのことだ、と。保健局は今になって開院準備に忙殺されることになり、結果、限られた一部の集落で起こっている住血吸虫症の対策など後回しとなってしまう。
また、国レベルで年に何度か大規模に行われるキャンペーン(前述のトラコーマ予防薬投与や、子供たちへのワクチン接種キャンペーンなど)の対応は郡としてどうしても優先せざるを得ない。国やドナー側へ進捗状況の報告などが義務付けられているためだ。ここでもまた住血吸虫症は「顧みられない」状況に陥ってしまう。
余談だが、トラコーマ眼感染症も顧みられない感染症の一つである。郡内で巡回診療をしている唯一の臨床医によると、私の住む郡ではほとんど発症者がいない疾患のようだ。しかしながら、いったん集団投与キャンペーンの実施が決まると州単位での実施とせざるを得ないようで、これまでほとんど発生がなかったにもかかわらず、私の住む郡も実施対象エリアに含まれてしまった。こういったこともまた、現地に住んでいて感じるジレンマの一つだ。顧みられるのは喜ばしいけれど、リソースが有効活用されていると言えないのでは…と。
もちろん、保健局のマネジメントの非効率性や職業意識の低さなど、保健システムにおいても改善すべき点は多々ある。それに、ただ一度の薬の投与だけで終わってしまっても、また来年同じ状況になってしまう可能性は高いだろう。治療・予防投薬と合わせ、衛生教育や啓発活動といったコミュニティのエンパワメントも重要な課題である。
電話してもメールしてもなかなか返事をくれない遠く離れた保健局のオフィサーたちと、どうやって話し合いの場を作るか、頭を悩ませている状況だ。まずは選挙が滞りなく終わり、開票から新大統領就任までがスムーズに、そして平和裡に完了すること、そしてその後の政府機能が早く元どおりになることを、今は願うばかりである。